日本の玄関口・東京駅を有する八重洲・日本橋・京橋エリアは、多くの人を受け入れるまちであるとともに、地縁的な結びつきも強いまち。注目の若手エッセイスト・絶対に終電を逃さない女が、このまちや人々を観察していく連載。
東京駅から日本橋へと向かう八重洲さくら通り沿いの、一階がガストのオフィスビル「日本橋プラザ」の広場に、テーブルと長椅子が並べられている。ガストのテラス席のようにも見えなくはないが、そんなはずはない。サイドの白いテントで焼き鳥やえび天蕎麦が売られているこの催しは、日本橋と八重洲の連合町会の青年部である日八会(にっぱちかい)主催の「日八会 秋のお江戸まつり」である。
この連載の前回で取材した山王祭は日本三大祭りに数えられる大規模なお祭りだが、今回取材するお江戸まつりは特にメディアで大きく取り上げられることもない、ごくごく小規模なお祭りである。前回、私は「地域広報誌のみならず、近所の公共掲示板などもこまめにチェックし、気になる地域イベントがあれば足を運ぶようにしている」と書いたが、まさにそのような、地域の人しか知らない、住宅街の小さな公園や公民館でささやかに行われているようなイベントが、大都会のビルの狭間で行われているのだ。
テントの反対サイドでは、「中央区観光商業まつり」のハロウィンイベントが同時開催されていて、仮装をしている子どもに無料でお菓子が配られている。
小学生の子どもを育てる担当編集さんが「数年前までは鬼滅の刃の子がいっぱいいたのにね」と言う横を、恐竜の仮装をした男の子が走っていく。確かに見渡す限り鬼滅の刃の仮装の子は1人も見当たらず、スパイダーマンやシンデレラ、くノ一などクラシカルな仮装に回帰しているようだった。
鬼滅の仮装は絶滅し、絶滅した恐竜の仮装は絶滅していない。私はそんなことを思って何か上手いことを言いたくなったが、思いつきそうで思いつかなかったので黙っておいた。
配られたお菓子を見せてもらったところ、近くの洋菓子店などが作ったのだろうか、かなりデコレーションの凝った、手作りだけれども洒落ているクッキーだった。こんな大都会でも普通の田舎みたいなこじんまりとした祭りをやっているんだなあと微笑ましく思っているところに、不意打ちで格の違いを見せつけられた気分になる。
その横で私は焼き鳥をいただいたのだが、これもやはり明らかに格が違う。まず見るからに肉が大きく、焼き加減も絶妙で、素材の良さが引き立っている。それもそのはず、一見どこの祭りでも食べられそうな定番の焼きそばや焼き鳥などを焼いているのは、この連載の第2回で取材させていただいた「吉野鮨本店」の吉野さんや、「割烹嶋村」の加藤さんなど、日本橋・八重洲の錚々たる老舗の料理人たちなのである。言うなれば、各競技のオリンピック選手が集まって草野球をやっているみたいな状態なのだ。
しかもこれが2本500円というお手頃価格。材料は市場から仕入れていて、儲け目的ではないから安く出せる、と加藤さんは語る。
江戸時代から続く老舗も少なくないこの地域で、彼ら旦那衆は、子どもの頃から同じ学校に通ったり、お祭りに参加したりしていた仲間。大人になればこうして町会活動に参加し、例えば山王祭では神輿を担ぎ、時には神輿の上げ降ろしを指揮する木頭(きがしら)の役割を担ったりと、地域を盛り立てている。
吉野さんにも聞いてみると、吉野さんの親世代が地域を盛り上げようと連合町会青年部を作ったそうで、近年では再開発により地元民が減ったため、企業の人も入会するようになったそう。
この連合町会青年部の活動は、秋のお江戸まつりと春の桜まつりがメインのイベントとのこと。
「ビルばっかり建ってるけどその中にも、人間らしさというか、あたたかみを残していきたいと思ってこういう祭りをやってる」
吉野さんのその言葉を聞いて、私は密かに少し興奮した。私は都会の中の田舎、都会の中の自然というものを好んでいる。たとえば、デパートの屋上庭園や、新宿御苑などに代表される、都会にある庭園。豊かな緑の後ろに、ギラギラの高層ビルが見え隠れする風景を目の当たりにすると、これは都会にしかない! と感動する。
デパートの柱や壁に使われている大理石に眠るアンモナイトの化石なんかも良い。人々が忙しなく移動し消費をする場所であるデパートで、自分一人だけ立ち止まって化石探しという消費でも生産でもない行為をすると気持ち良い。
先日、知人に「東京にしかないものって何だと思いますか?」と尋ねてみたところ、「日本橋のビルの中でキャンプができるお店」という答えが返ってきた。意味がわからなかったのだが、調べてみるとそのままの意味だった。日本橋のビルにある、キャンプ場風の内装の店内でハンモックや焚き火を楽しめる、キャンプ体験を提供するカフェである。唐突な質問だったのにもかかわらず完璧な回答に私は感激した。これも都会の中の田舎、自然と言えるだろう。
大都会に突如現れる田舎感。このお江戸祭りも、その類のものだと思う。
14時頃からは、一般社団法人江戸消防記念会の「火消し」の方々による木遣・纏振り・梯子乗りが始まる。ちなみに「火消し」と聞いて、時代劇などで火事の際に活躍するあの「火消し」が現代にも存在するのかと不思議に思う人もいるかもしれないが、この地域では今でも、火消しはまちのヒーローと言っても過言ではないそうだ。大火事が20回以上起こったと言われる江戸時代に、建物を壊し延焼を防いだのが火消しの人々である。その火消しの勇猛果敢な精神を、現在も文化として受け継ぎ、守っているのが江戸消防記念会の方々なのだそう。
この日は梯子乗りが目玉のようで、ビルの2階分くらいの高さの梯子に鳶職人の方が登り、次々と技を決めるのを、観客たちが固唾を飲んで見守っていた。ちょうど梯子のてっぺんがプラザビルの鏡面に映り、複数の角度から眺めることができる。これも都会の中の田舎ではないが、再開発の中の伝統、とでも言おうか。
そのあとこの地域の組頭の方を紹介していただいたのだが、最初の挨拶の瞬間、組頭さんの出囃子さながらのタイミングで会場のスピーカーから宇多田ヒカルが流れだして、あ、宇多田ヒカルだ、と私の頭の片隅のアンテナがキャッチする。筋骨隆隆の組頭さんと宇多田ヒカルのミスマッチ感が面白い。
そもそも最初から若干気になっていたのだが、会場のBGMが星野源やVaundy、菅田将暉など、普通に最新のJPOPなのも田舎の祭りっぽい趣があり、都会の中の田舎感を盛り上げていて好きだ。ちなみにこの付近、普段の平日はもっとすました顔のオフィス街である。
何事も、魅力はギャップに宿るところがある。今後もYNKエリアの再開発は進んでいくが、ビルの狭間にでも人間らしさやあたたかみを、都会の中にも田舎を、ぜひとも残してほしい。
撮影/wakana
1995年生まれ。早稲田大学文学部卒業。大学時代よりライターとして活動し、現在はエッセイを中心にWebメディア、雑誌、映画パンフレットなどに寄稿。雑誌『GINZA』(マガジンハウス)のウェブマガジンに掲載した連載エッセイ「シティガール未満」が話題となり、2023年に書籍化。(アイコン写真 撮影:小財美香子)
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