vol.9『八重洲の老舗うなぎ店で考えた、編集者という仕事とうなぎの小骨』

2026.06.04

日本の玄関口・東京駅を有する八重洲・日本橋・京橋エリアは、多くの人を受け入れるまちであるとともに、地縁的な結びつきも強いまち。注目の若手エッセイスト・絶対に終電を逃さない女が、このまちや人々を観察していく連載。

「高いうなぎなら美味しいと思うかもしれませんよ」

うなぎが苦手だと話すと、決まってこんなことを言われる。

この連載の第6回の取材時に八重洲のうなぎ屋「はし本」の前を通りかかった際にも、「ここのうなぎ美味しいですよ」と言う案内人の北村さんに「私うなぎ苦手なんです」と告げたところ、同じようなことを言われた。

 

確かに東京の老舗うなぎ屋は未経験だし、そもそも最後に食べたのが小学校4年生くらいだから、大人になった今なら違うかもしれない。高価なものでないと美味しくないと言われる食べ物の代表格といえばウニだが、確かに初めて高いウニを食べた時は感動したものだ。

そんな話をしたところ、「じゃあ今度行きましょう」と北村さんがおっしゃったのを、私はちゃっかり覚えていた。

 

あれから1年経って、北村さんがこのたび定年退職を迎えるという。そこで、この連載の第6回の原稿を製本したものを送別会でプレゼントしたいのでサインをしてほしいという依頼と、そのついでに食事でもというお誘いを、YNKs編集部から受けた。ここで何を勘違いしたのか、私はその場に北村さんも同席すると思い込んでいた。思い込んでいたから、北村さんが「美味しいうなぎ屋」として教えてくれた「はし本」に行ってみたいと、ここぞとばかりにリクエストしたのだ。

  • 写真提供:鰻 はし本

この勘違いに気づいたのは、東京駅八重洲口のほど近く、「はし本」の前でYNKs編集部の4人と待ち合わせをし、2階の長テーブルのお誕生日席に通されてからだった。そこは北村さんが座るものじゃないのかと思った私は、「北村さんはまだ来ないんですか?」と尋ねた。

「ん? 今日北村さんは来ないよ? 今日は冊子にサインをもらって、送別会のときにサプライズで渡すの」

ん? 私はテープを巻き戻すように今日に至った経緯を思い出しつつ、テーブルの下でメールを見返した。すると確かに、今日の会に北村さんが来るとは一言も書かれておらず、特段紛らわしい書き方がされているわけでもなく、要は100%私の勘違いであることが明白だった。

 

北村さんとのうなぎの会話ありきの申し出だったのに、これでは私が何の脈絡もなくうなぎをねだった図々しいエッセイストになってしまっている。サインをする見返りが老舗のうなぎだなんて、大御所作家にでもなったつもりなのか……。

とはいえここまで来て今さら弁明や謝罪をするのも決まりが悪いし、北村さんとの会話やメールのやり取りがこの場の全員に共有されているわけでもないから説明が長くなりすぎてしまう。

私は黙ってメニューに目を落とし、レモネードのホットを頼んだ。ソフトドリンクが充実していて下戸にはありがたい。初めて飲んだホットレモネードはゆず茶のようなホッとした味わいがあった。

 

コース料理は先付け、串とうまき、茶碗蒸しと進んでいく。「うまき」が何なのかも知らなかった私だが、甘く柔らかな玉子と香ばしいうなぎのマリアージュには特に感動した。どれも美味しく、それぞれにうなぎが使われているが、他の食材と組み合わさっている料理だからうなぎ嫌いの私でも美味しいと感じられるだけかもしれない、という疑念は拭えない。

そんな中で次に出てきた白焼きは、正々堂々うなぎだけの誤魔化しの効かない一品である。私は子どものころに食べたうなぎの小骨が喉に刺さったことを思い出しながら、箸で小さく切って、おそるおそる口に運んだ。

 

めちゃくちゃ美味しい!

 

……と思ったが、一同は便秘に効く漢方の話でえらく盛り上がっていたため発言のタイミングを逃し、お誕生日席で4人に囲まれているというのに私は『孤独のグルメ』さながら、ひとり黙ってしみじみと味わった。皮はパリッと香ばしく、身はふっくらしていて脂が乗っている。漢方の資格を持っているという編集Kさんの発する漢方薬の名前が、遠くに聞こえる。

 

何より、小骨が気にならない。子どものころの私にとってうなぎの何が苦手だったかといえば、小骨だった。チクチクした小骨が口内のあちこちに刺さり、トゲトゲの生き物を口に入れているようで気になって仕方がなく、一口ごとに飲み込むのが怖かった。何度か軽く喉に刺さった記憶もある。親や祖父母に何度うなぎ屋に連れていかれても慣れることはなく、うなぎのタレをかけただけの白ご飯を食べて凌ぎ、ついには連れていかれることもなくなったのだった。

味も美味しいと思えなかったが、小骨のせいで味どころではなかったのかもしれない。この白焼きには塩とわさび、醤油が添えられており、どれを付けてもそれぞれ美味しいが、何も付けなくても十分美味しいのだ。

 

「うざく」も未知だったが酢の物とうなぎの相性の良さにも驚いたし、あんなに忌々しかった骨そのものである骨煎餅も美味しかった。

  • 写真提供:鰻 はし本

そうしてついにメインディッシュである、うな重を迎え撃つ。そう、私はこれまで、うな重のうなぎしか知らなかった。つまり私のうなぎ克服はうな重が本丸なのだ。

ここまで大丈夫だったので、もうさほど心配はないはず。大丈夫、きっと大丈夫……と心の中で唱えながら口に運ぶ。

う、美味い……!(井之頭五郎のモノローグ風に)

記憶の中のうな重はタレがもっと濃くべったりしていた気がするが、これはほどよく薄めで品があり、うなぎ自体はもちろん美味しい。

 

小骨はというと、子どものころと違って全然気にならない。その存在をまったく感じないわけではないが、時々かすかにチクッとした刺激が走るのが、これもまた一興というか、薬味やスパイスのようにも感じられて、むしろ心地良い。

 

社会生活の中で感じる小骨のようなちょっとした不快感や摩擦も、これもまた一興と思いながら呑み込めたら楽なのかもしれない、とふと思う。

今回の食事会は、YNKs編集部に新たに加わった編集者との顔合わせも兼ねていた。この場に集まったのは、八重洲・日本橋・京橋エリアで働く、キャリア20年超のベテラン編集者3人。この3人の会話を聞いているうちに、編集者というのは、この小骨を取り除くような役割を担っている仕事なのではないかと思った。

 

一口に編集者といっても様々ではあるが、例えば出版社に所属する編集者であれば、編集長などの上司から原稿に対して思わぬ修正を指示されることがあるそうで、それをライターに伝える際に、相手が「なるほど、確かにそうだな」と納得できるような言葉に変換したり。取材相手から企画意図とは違う内容を記事に入れてほしいとお願いされた際に、きちんと理由を説明しつつも、今後の関係性が悪くならないように断ったり。そういったことが日々あるらしいことは、この連載の担当編集Sさんのお話を聞いたり、いろんな編集者さんと仕事をしたりするうちに知ったことだ。

 

他にも印刷会社や制作会社をはじめとする企業、デザイナーやカメラマンといったクリエイターなど、とにかく人と人との間に入り、様々な調整を行いながら書籍や雑誌、Webサイトなどのメディアをつくっていくのが編集の仕事である。間に入ってそれぞれの要求や意見を聞き、それをそのまま先方に伝えると衝突や摩擦が生じそうな場面で、伝え方を工夫したりすることによって、それぞれが感じるであろう小骨をあらかじめ取り除くことが多いのではないか。

書き手という立場である私からは見えないところでも、たくさんの小骨が取り除かれているはずである。今回YNKs編集部に加わった2人は50代のベテランなので、無数の小骨を取り除いてきたのだろう。

 

そこで、はたと気づいた。私が今回謎にうなぎをリクエストしたことも、小骨になってしまっていたのではないか?

思えば過去にも、私が意図せぬ小骨を作ってしまい、編集者さんによってあらかじめ取り除かれていたことを後から知らされたことがあった。自分が気付かぬうちに小骨を作る側になってしまい、取り除いてもらっていることにも気づかないということも、しばしば起こっているに違いない。

 

そんな編集者さんの仕事に感謝しつつ、私は生まれて初めてうな重を堪能した。しっかり脂が乗っていながらも重くなく、味も単調なようで飽きが来ない。時々さりげなく存在を主張してくる小骨も、やっぱりスパイスのような味わいがある。

 

小骨を取り除くのが編集者なら、私のようなエッセイストは、生きていく中での小骨に気づき、その小骨を言葉にするのが仕事であると言えるかもしれない。時には小骨を呑むことを選ぶこともあるけれど、人生のスパイスのように思える小骨だったら、それも悪くないなと思う。

 

撮影/wakana

  • 鰻 はし本

    住所:東京都中央区八重洲1-5-10

    電話番号:050-1808-6166

  • 絶対に終電を逃さない女

    文筆家。1995年生まれ。早稲田大学文学部卒業。大学時代よりライターとして活動し、現在はエッセイを中心にWebメディア、雑誌、映画パンフレットなどに寄稿。雑誌『GINZA』(マガジンハウス)のウェブマガジンに掲載した連載エッセイ「シティガール未満」が話題となり、2023年に書籍化(柏書房)。2025年11月には2冊目の単著『虚弱に生きる』(扶桑社)が発売に。

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絶対に終電を逃さない女
文筆家

1995年生まれ。早稲田大学文学部卒業。大学時代よりライターとして活動し、現在はエッセイを中心にWebメディア、雑誌、映画パンフレットなどに寄稿。雑誌『GINZA』(マガジンハウス)のウェブマガジンに掲載した連載エッセイ「シティガール未満」が話題となり、2023年に書籍化(柏書房)。2025年11月には2冊目の単著『虚弱に生きる』(扶桑社)が発売に。(アイコン写真 撮影:小財美香子)

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