現代アートに工芸、古美術…、八重洲・日本橋・京橋エリアは知る人ぞ知るアートの宝庫。アートにも造詣の深いマドモアゼル・ユリアと一緒に、今日はどんなアートによりみちする?
今回訪れた「東京 アート アンティーク」(2024年4月25日~27日)は、日本橋・京橋界隈で年に一度開催されるアートのお祭りです。手頃な価格の骨董品やアート作品が店頭に並んだり、特別展覧会やトークショーなどのイベントが行われます。普段アートになじみのない人は気軽にギャラリーを巡り、愛好家はさらなるアート探求にいそしめる。そんな開放的なイベントを訪れ、ぶらりと散策を楽しんできました。
私たちが「東京アートアンティーク」を訪れたのは、3日間の開催期間中の最終日。大型連休の初日でもあるからでしょうか、まだ10時にもならないのに日本橋高島屋周辺は足取り軽く行き交う人々でいっぱいでした。その高揚感はユリアさんからも感じられます。日本橋・京橋界隈をよく訪れるユリアさんにとっても、東京 アート アンティークは特別な期間のようです。
「普段は入りづらかったお店に気軽に入れますからね。私は買い物する時、気になることはなんでも聞くタイプ。この期間ならお店の人に話しかけやすいし、しかも手頃な価格で買えるかもしれないし」と、ユリアさんはニコニコ笑います。
日本橋・京橋エリアは、美術商やギャラリーなど約150もの専門店がひしめくエリア。参加店がひと目でわかる便利なアートマップ(期間中参加店で配布)を頼りに、気になるお店のドアを開けてみることにしました。
まずはさくら通りにある「花筥-HANABAKO-」へ。日本で数少ない花籠専門店のこの店では、この期間のみ輪島の塗師屋「藤八屋」の輪島塗が展示販売されていました。2024年元旦に石川県能登半島を襲った地震により、藤八屋も本店の全焼や工房が一部損壊するなどの被害を受けたそうです。その復興を応援するため、東京アートアンティークの期間中、花筥で販売会を開催していました。
輪島塗の皿、椀、重箱など艶やかな漆器が数多く展示された空間は、和のあたたかな雰囲気で満たされていました。用心深く漆器を手に取ると、そのあまりの軽さとしっとりとした手触りに驚いてしまいます。
「木製なのに先端がとてもシャープですね」と、ユリアさんはフォークを手に取りました。それを受け、藤八屋女将の塩士純永さんは「そうでしょう?シャープですが漆器ですから舌触りがなめらかです。漆器は食べ物の温度をやわらげ、風味をそのまま伝えてくれます。お菓子の甘さ、アイスクリームの冷たさ、出汁の香り…漆器ならそのままの風味が舌に伝わり、より美味しく感じられるのではないでしょうか」と漆器の良さを教えてくれました。
「漆器は高級品だから普段の生活で使えない」。そう思っている人は多いかもしれません。しかしそれは漆器の本質や藤八屋の思いに大きく反するところ。漆器ほど普段使いに便利で丈夫な器はなく、修理や塗り替えをすれば生涯使えるとのこと。1888年(明治21年)の創業以来、堅牢で優美な漆器を作り続けてきた藤八屋だからこそ到達した事実なのでしょう。
「私はもともと木製のカトラリーが好きで、デザートや和菓子用のフォークをずっと探していたんです。だから今日こちらのフォークに出合えてよかった。見た目もかわいいしとても満足です」
花筥を出た後、次に向かったのは東仲通りにある「前坂晴天堂」。前坂晴天堂は古伊万里など日本の古陶磁を取り扱うお店です。
「この連載の前回の取材で訪れて、古伊万里のことを色々と教えてもらったので、今回はさらに楽しめそうです。少しでも知識があると魅力や鑑賞ポイントが分かりやすいですから。何度も訪れるとだんだんと見るポイントもわかって、自分のほしいものに辿り着きやすくなると思います。その点は着物選びと通ずるところがある気がしますね」と、ユリアさんは再訪がとてもうれしいよう。
前坂晴天堂では東京 アート アンティークの期間、手頃な価格で手に入る日常使いできる古伊万里食器を数多く取り揃えて販売しています。ユリアさんは店内を回遊しながら、食器を手に取り吟味して、購入候補として並べていきました。丸皿、丸鉢、角小鉢…どれも江戸時代後期から明治時代に作られた食器だそうです。
その中の角小鉢(写真左上)について、接客対応してくださったスタッフの前坂里美さんはこう話してくれました。
「古伊万里は佐賀県で作られましたが、この角小鉢は大聖寺伊万里と呼ばれ、石川県で作られたものになります。江戸時代の古伊万里、いわばもっとも良い時期の古伊万里を再現することを目指し、明治時代に作られた食器です。絵柄の牡丹は幸福、富貴、不老不死を、獅子は魔除けを意味しており、いずれもおめでたい吉祥文様なのですよ」。
「獅子と牡丹は着物にもよく見られる絵柄で親しみが持てますね」と、ユリアさんは興味深そうに食器の色や風合いを確かめていました。
手頃な食器とはいえ、古伊万里だしどう選べばいいのか分からない人は多そう…。そう言うと、ユリアさんは「そうかも」と頷きつつ、選ぶときのポイントを教えてくれました。
「自分が気に入ったかどうかを優先するのが一番ですよ。『自分の好き』が基準なら、家にある食器にもなじむし長く使っていけるのでは。ちなみに私の場合、絵柄とサイズがイメージに合うのでこの大聖寺伊万里を選びました」。
前坂晴天堂でも、自分たちが気に入った商品を仕入れているとのこと。だから自分たちと同じように気に入ってくれた人に大事にしてほしいと願い、使い手の視点に立って古陶磁器の魅力を伝えようとしているそうです。その思いが多くの人に伝わっているからでしょうか、いつのまにか店内は大勢のお客さんでごった返していました。
「和のお店が続いたから、今度は洋のお店に行ってみましょうか」とユリアさんはアートマップを広げました。日本橋・京橋エリアは、日本の古美術や骨董品だけでなく、ヨーロッパなど海外のアートも充実しています。その中で次の目的地として選んだのは古美術店「木雞(もっけい)」。こちらは、中国の古陶磁とともにオランダのデルフト陶器を取り扱うなど和洋混合の空間でした。
木雞は京橋エリアの中央通りと昭和通りに挟まれた中間あたりに位置しています。細長い路地を歩く中、遠目からもお店はすぐに見つかりました。青地に黄色で木雞と書かれた看板と、東京 アート アンティークの赤いバナーのコントラストが目を引いたからです。東京アートアンティーク期間中は、同じ建物の2階にある「メゾンドネコ・アートギャラリー」との共同企画を開催中でした。
店内に入るとやわらかな間接照明に包まれ、赤や黄金の中国陶磁器に交じり、白地に青で絵付けされた17世紀のデルフトタイルが2枚並べられていました。左側は猫、右側はユニコーン。
「どちらの絵柄もとても珍しくて貴重なんですよ」と、木雞のオーナー大江夏子さん。「今も昔もデルフトタイルは室内装飾として楽しまれています。壁や床などに張り付けたり、額縁に入れて絵画のように飾ったり。フェルメールの『手紙を書く婦人と召使い』の中にも、デルフトタイルが巾木のようにはめ込まれた床が描かれていますね。日本では、小さなお菓子やおつまみを大きなタイルの上に載せて、その余白から生まれる情緒を楽しむ方も多いですね」。
それを聞いて「その使い方は素敵ですね。このタイルに和菓子を乗せて、さきほど買った輪島塗のフォークを添えるとよさそう。漆器はどんな素材にもしっくりなじみますから」とユリアさん。
2枚のタイルを見ていると、白磁に青のシンプルな染付を特徴とする初期伊万里(江戸時代初期にあたる17世紀の様式)の姿が思い出されました。実のところ、デルフト焼きと伊万里焼はどちらも中国磁器の繊細な筆遣いの影響を受けているそう。
今回この2つのギャラリーで開催されていた企画展「Life on this planet」では、デルフトタイルと中国陶磁器を中心に、現代の作家による木彫や彫金、絵画なども展示され、東洋と西洋、時代も越えた多様な作品を鑑賞することができました。
早いもので散策も終わりに近づいてきました。食器やタイルなど小さなサイズのアイテムが続いたので、今度は家具を見に行こうということで、白羽の矢が当たったのが北欧デンマーク家具とアンティーク専門店「ルカスカンジナビア」。
アートマップを見つつ、木雞からゆうに7ブロックほど歩いてルカスカンジナビアを訪れました。店のショールームは天井も高く、全面窓を通して自然光が家具にやわらかく降り注いでいる気持ちの良い空間です。
広々とした空間に展示されているのは、北欧家具デザイナー4大巨匠のひとりフィン・ユールが1950年前後に手掛けたアームチェアとコーヒーテーブル。どちらもブラジリアンローズウッドの細やかな木目が活かされた存在感のある家具です。壁にかけられた小さな花籠が和の彩りを添え、空間にあたたかな表情が生まれています。
ユリアさんは展示をしばし眺めこう話してくれました。「私も北欧家具が好きで自宅で使っていますが、こんなふうに日本の花籠も飾っているんです。どちらも自然の素材だからよく合うと思うんですよ」。
それを受けオーナーの輿石朋敦さんは「僕もそう思います。ルカスカンジナビアを開いて早いもので25年経ちます。それ以前は実のところ日本の骨董品を取り扱う仕事をしていたのですよ。この店内でも、時代が確認できて保存状態が良いものをできる限り置くようにしています」。
輿石さんの言葉通り店内には、デンマークの製陶所ケーラーのベースにまじり伊万里焼も展示されていました。北欧と日本の陶磁器が混在していても違和感があるどころか互いを引き立て合っているようでした。北欧と日本には共通する美学があると輿石さん。どちらも自然界との共生を重視し、無駄を排除したミニマルなあり方が追求されているところが共通していると教えてくれました。
木雛に続き、こちらでも東洋と西洋の文化が調和した豊かな空間を体験できました。
ルカスカンジナビアを出て帰途に着きながら、ユリアさんはふとこう言いました。「私も横山大観やカラヴァッジョといった東西の芸術家たちからものすごくインスピレーションを得てきました。カテゴライズできない働き方をしているのはそのせいかもしれません。東洋と西洋のどちらも、これまでの自分とこれからの自分のあり方に欠かせないなと思っています」。
東京 アート アンティークをユリアさんと一緒に巡り、アートや工芸品をもっと日々の暮らしに取り入れてみたくなりました。
今日は古美術店だけでなく、オランダのデルフトタイルや北欧家具の専門店でオーナーさんたちからお話を伺うことができてよかったです。1,000円台の品物もあってお買い物も楽しめたし、アートや工芸品などを見るだけでも今後の買い物に役立つと感じました。数多く見たり触れたりすることで、さらに興味を持てるようになると思います。東京アートアンティークは、そのきっかけ、入り口にぴったりです。ぜひ次回、訪ねてみてくださいね。
撮影/山仲竜也
ライター/冨永真奈美
10代からDJ兼シンガーとして活動を開始。DJのほか、きもののスタイリングや着物教室の主催、コラム執筆など、東京を拠点に世界各地で幅広く活動中。YouTubeチャンネル「ゆりあの部屋」は毎週配信。
「ゆりあの部屋」:@melleyulia
Instagram:@mademoiselle_yulia