モチーフから色、形状まで、洗練された古伊万里の魅力を堪能できる「前坂晴天堂」

2024.03.14

現代アートに工芸、古美術…、八重洲・日本橋・京橋エリアは知る人ぞ知るアートの宝庫。アートにも造詣の深いマドモアゼル・ユリアと一緒に、今日はどんなアートによりみちする?

今回訪れたのは、日本橋高島屋S.C.から東仲通りを進んですぐの『前坂晴天堂』。店に並ぶのは江戸時代初期から後期にかけて作られた焼き物の数々。特に肥前国(ひぜんのくに)、現在の佐賀県で作られた「鍋島」「古伊万里」などの美しい磁器が中心です。現代では“有田焼”として親しまれる美しい器の、江戸時代からの歴史や奥深い魅力を店主の前坂規之さんから伺いました。

ユリア:こんにちは。素敵な器がたくさんありますね。

 

前坂:こんにちは。当店では主に、現在の佐賀県有田町で江戸時代に作られた磁器を中心に扱っています。「古伊万里」という名前を聞いたことはありますか?

 

ユリア:はい、もちろんあります。色鮮やかで華やかな焼き物という印象がありますが、古伊万里は現代の有田焼の古いものと考えて良いのでしょうか?

 

前坂:江戸時代にこの地域で作られた焼き物が伊万里港にて船積みされ日本全国や海外へも出荷されており、伊万里港から来た焼き物ということで「伊万里焼」と呼ばれていました。伊万里焼は有田町で作られているということで、大正頃には「有田焼」と呼ばれるようになったんです。

ユリア:なぜこの地域が焼き物の産地となったのでしょうか?

 

前坂:焼き物には陶器と磁器があって、陶器は信楽焼や唐津焼などのような土ものといわれる、粘土を主な材料として作られ800〜1,250度で焼かれたものをいいます。一方磁器は石ものと言われ、陶石を砕いて粘土を混ぜ、それを1,300度ほどの高温で焼いてできる、白くて固い焼き物のことです。

日本では江戸時代初期まで磁器を作る技術は無かったのですが、秀吉が朝鮮出兵の時に朝鮮から陶工を連れて帰り、現在の有田町にある泉山(いずみやま)で磁器の原料である陶石(とうせき)を発見し、磁器が作られ始めました。1616年(元和2年)と言われていて、そこから脈々と受け継がれ今でも有田町で焼かれています。

 

ユリア:400年以上も前から作られているのですね。

時代や用途により形やデザインが変化し5つの様式が生まれた

前坂:江戸時代初期から作られ始めた伊万里焼は、幕末までに作られたものを「古伊万里」と呼び、その中でも最も初期(1610年代〜1640年代くらい)に作られたものを「初期伊万里」と呼んでいます。明治以降のものは「伊万里」、大正以降のものは「有田焼」へと、時代によって呼び名が変わります。

 

ユリア:時代によって特徴も変わるのでしょうか? 古伊万里といえば華やかなイメージがありますが、こうして店内にある磁器を見ると、「初期伊万里」はとてもシンプルですよね。

 

前坂:そうですね。江戸時代初期に作られた初期伊万里は、素焼きをせずに直接器に模様を描き、その上から釉薬を施して本焼きする方法で作られました。形も歪みがあったり、模様も染付で描かれた素朴な焼き物です。その後に中国から色絵の技法が入ってきて、今皆さんがイメージするような色鮮やかな磁器が作られるようになりました。

ユリア:「古伊万里」といっても色々な様式があるのですね。

 

前坂:伊万里焼には大きく分けて5つの様式(デザイン)があります。「初期伊万里様式」「柿右衛門様式」「古九谷様式」「金襴手様式」「鍋島様式」。これらは全て誰のためにどういう用途で作るのかによってそれぞれの様式が生まれました。江戸時代の窯業産業である伊万里焼は、時代の流行やニーズを取り入れながら売れるものを作っていったのでしょう。だから形やデザインも変わっていきます。

 

ユリア:「柿右衛門様式」はどういう特徴なのでしょうか?

 

前坂:柿右衛門はヨーロッパに輸出していたのですが、余白を生かしたデザインが多いです。そこに松竹梅だったり鳥だったりが描かれている。

 

ユリア:“日本画”って感じですね。

前坂:ヨーロッパの王侯貴族の宮殿を彩る器として作られていました。そういうデザインがヨーロッパで一世を風靡して非常に人気が出ました。ドイツのアウグスト強王はこれらをコレクションしていたそうです。アウグスト強王が自国でもこの美しい白い磁器を作りたいと職人を集め、研究させ、ヨーロッパ初の磁器窯マイセンが誕生しました。1700年代初頭のことです。

 

ユリア:マイセンのルーツは日本の伊万里焼だったのですか。

 

前坂:そうなんです。マイセンの最初の頃は、柿右衛門写し(柿右衛門を模したデザイン)を多く作っていたようです。日本も最初は中国の磁器を真似て作っていたように、当時人気があるものを真似て作ることから始まるものなんですよね。

 

ユリア:柿右衛門のデザインは、そもそも西洋に輸出されることを意識して作られたものなのでしょうか。

 

前坂:はい、その通りです。一方「金襴手様式」は江戸時代の日本の豪商用に作られた華やかで絢爛豪華な器です。江戸時代の中でも元禄時代は栄華を極めたバブルのような時代。当時のお金持ちだった商人たちの好みがこれだったのです。

 

ユリア:「古伊万里」というとこの華やかなイメージです。柿右衛門は日本画を磁器に落とし込む感じですが、古伊万里は図案やグラフィックのようですね。

 

前坂:金襴手様式は中国王朝のデザインを踏襲していて、器全面に模様が描かれシンメトリーにデザインされていますよね。こういうものはヨーロッパ向けではありませんでした。

徳川家へ献上するために最高の技術を結集させて作られた「鍋島」

ユリア:「鍋島」は余白を生かした美しい絵が描かれ、上品なイメージですね。

 

前坂:佐賀藩の当主であった鍋島家が、徳川家へ献上することを目的として技術の高い職人を集めて作ったのが鍋島なのです。現在の伊万里市の大川内というところに藩窯(はんよう)を築いて、そこで作られました。選ばれし陶工たちにとっては、お金のことなどを考えずに技術を存分に発揮して良いものを作れるという恵まれた環境だったと思います。

ユリア:柿右衛門も鍋島も、王侯貴族や徳川家に向けて作られただけあって、やはり品格がありますね。

 

前坂:そうなんです。身分の高い人に献上する最高級食器として作られたものはどこか品格がありますよね。

 

ユリア:現代でも値打ちがあるとされているのは鍋島なのでしょうか?

 

前坂:やはり鍋島です。作られている数が少なくて希少性がありますし、徳川家への献上品ということでデザインも考え抜かれた特別なものです。鍋島は必ず花のデザインなんですよ。このお皿を手に取った方々の中には虫や動物が嫌いという人もいるだろうということを考慮して、誰もが美しいと思える花を描いているんです。

 

ユリア:他の様式でも花は多用されるモチーフですが、鍋島は特に高貴で美しく感じられます。

 

前坂:伊万里焼の色絵は基本的に5色なんですね。古九谷も5色。しかし、鍋島は華美になりすぎないようほとんどが3色で構成されています。1色や2色の場合もありますが3色までです。華やかさもありつつ派手過ぎない、品格があるのが鍋島の特徴です。

 

ユリア:描き方も柿右衛門や古九谷とはどこか違いますね。

 

前坂:柿右衛門とか古九谷の構図は器の中に納まるように描かれているのですが、鍋島は必ずモチーフがトリミングされたりフォーカスされていて、器から外の見えない部分に広がる絵を想像してしまうようなデザインが多いんですね。

思わぬ場所で価値のある器と出合える仕入れの醍醐味

ユリア: 今日拝見した中でいちばん印象的なのはこちらの「金襴手様式」のお皿です。絢爛豪華な模様がまさに古伊万里のイメージそのものです。

前坂:実はこれ、様式としては日本に伝世していたものに間違いないのですが、遠く離れたロンドンで買い付けたものなんです。それほど有名ではないオークションに出ていたんですよ。

 

ユリア:ロンドンで! コレクターがいたのでしょうか?

 

前坂:どういう経緯でロンドンに渡ったのかはわからないのですが、もしかしたら戦時中や戦後の混乱期に持ち帰った人がいたのかもしれません。事前情報では明治時代に作られた模倣品だと紹介されていたのですが、行ってみたら江戸時代に作られた本物でした。

 

ユリア:思わぬ大発見だったんですね! 骨董にはそういう出合いがありますよね。

 

前坂:あまり知られていないオークションに出ていたので誰も気づかなかったのかもしれません。あまりの嬉しさにホテルに持って帰って思わず写真を撮りました(笑)。期待して行ったのにそれほどいいものではなかったということもよくありますから。

 

ユリア:あともうひとつ、葡萄とリスをモチーフにしたこちらの徳利も素敵だなと…。葡萄とリスといえばお決まり組み合わせのモチーフですが、このリスの描き方はかなり気になってしまいました。一瞬タヌキ?と思ってしまうほど丸くて可愛いです(笑)。

 

前坂:確かにそうですね(笑)。葡萄にリスという構図は西洋でも人気がありますが、リスの描き方一つ見ても西洋・日本・中国などで描き方が違っていて、それを見るだけでも時代や国がわかりますよ。

ユリア:いつくらいの時代のものか? その価値を判断するポイントってあるのでしょうか?

 

前坂:例えば顔料の違い、色の濃さなどでわかることもあります。ほかにも色絵部分の光の反射具合など、いろいろありますが数をたくさん見ているとわかってきます。

 

ユリア:すごい! 私も着物なら時代とかはなんとなくわかるんですが(笑)。

 

前坂:恐らく見慣れていらっしゃるから、本物を見るとユリアさんがもっている感性と通じ合うものがあるのだと思います。本物って何か訴えかけるものが確かにあるんですよね。良いものはディテールを見ても全てが素晴らしいんです。

仕入れる基準は価格よりも自分が気に入ったかどうか

ユリア:今日お店に並んでいる中で、前坂さんが特に気に入っている器はありますか?

 

前坂:難しい質問ですね。以前は売れるものを仕入れていたのですが、商売をしている中で、自分が気に入ったものだけを仕入れるようになりました。傷があっても自分がいいなと思うものは買うし、無傷でも自分がいいと思わなければ買わない。値段がたとえ安くてもいいなと思えば買います。

自分の好きなものを集めている感じなので、ここに並んでいる全てが自分の好みなんです。好きなものに囲まれているとすごく気持ちいいですしね。

 

ユリア:素敵ですね。でもそうなると手放したくなくなりませんか?

 

前坂:だからこそ「いいものだ」と共感してくださるお客様だったら、喜んでお渡ししたいと心から思えます。例え数万円のものでも自分が惹かれて仕入れたものであれば、いつまでもここにいてもらっていいし、どこかに旅立っても大事にしてくれる人の元だったら嬉しいなと思っています。

YULIAから今日のひと言

今日の取材で古伊万里/有田焼など焼き物に関してだいぶ理解が深まりました。

絵付けの雰囲気や色の違いは、どこの誰の手に渡るか? によって細かく様式が分かれていて、また時代によっても変わってくる。これ以上知ってしまうと焼き物まで集め出しそうで危険な香りがしました!

ロンドンのオークションでのお話は特に印象的で、骨董に携わるお仕事ってロマンがありますよね。時代も国も超えて発見された焼き物たちが、誰かを介し、また新たな旅に出る。素敵なお仕事です!

 

衣装協力:CURRENTAGE

(問い合わせ:MELROSE Co., Ltd.  03-6682-0054)

 

撮影/山仲竜也

ライター/YUCO

  • 前坂晴天堂

    住所:東京都中央区日本橋3-7-10内藤ビル1階

    電話番号:03-3527-9595

    営業時間:11:00〜18:00

    定休日:日曜・祝日

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マドモアゼル・ユリア
DJ/きものスタイリスト

10代からDJ兼シンガーとして活動を開始。DJのほか、きもののスタイリングや着物教室の主催、コラム執筆など、東京を拠点に世界各地で幅広く活動中。YouTubeチャンネル「ゆりあの部屋」は毎週配信。

「ゆりあの部屋」:@melleyulia

Instagram:@mademoiselle_yulia

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