大通りから一歩入れば、どこか庶民的な風情が感じられる八重洲・日本橋・京橋エリアで、気になるあの人のインフォーマルなつながりとは?
\今回話を聞いたのは/
T3 PHOTO FESTIVAL TOKYO(東京国際写真祭)ファウンダー
速水惟広さん
2017年に上野公園にて東京で初となる屋外型国際写真祭「T3 PHOTO FESTIVAL TOKYO」(以下、T3)を設立。2020年より、東京駅東側エリア(八重洲・日本橋・京橋)へ会場を移し、今年は約52万人規模にまで来場者が増え、写真業界の話題をさらっている。
アーティスト
デヴィッド・ホーヴィッツさん
アメリカ・カリフォルニア州ロサンゼルス生まれ。ニューヨークのICP/バード・カレッジで写真を学び修士号取得。ZINEをはじめとするアートブック等を表現の手法として用い、インターネット上でプロジェクトを発生させる「バイラル・アーティスト」としても知られている。
──速水さんとロサンゼルス生まれのデヴィッドさんをつないだのは、パリを拠点に活動するキュレーターのマーク・フューステルさんだ。T3 2023のメイン企画展の共同キュレーターとして、速水さんにデヴィッドさんを推薦したかたちだ。写真というメディアを、既成概念や固定観念に捕らわれずに扱うアーティストを求めていた速水さんにとってデヴィッドさんは、結果的に本年のT3を語るうえで欠かすことのできない出展作家のひとりとなった。
速水
デヴィッドはMoMAのNew Photographyにも選ばれたり、世界中で作品を展示・発表したりしているけれど、今回、東京駅やオフィスビルといった公共スペースでの展示にどんな印象を持ちましたか?
デヴィッド
屋内や屋外のいろんな場所で、様々な作品にランダムに出合えるのがおもしろいね。美術館やギャラリーとは違い、通行人は展示を見ようと思って歩いていないから、作品にいきなり出くわすことになる。まったく注意を払わない人もいたけど、立ち止まって作品に反応を示す人もいたよね。アートとのこうした偶然の出会いには、なにか新しい可能性が秘められているんじゃないかな。
T3 2023の展示の様子(東京スクエアガーデン)
速水
そういう意味で、デヴィッドの作品は多くの人を驚かせたと思う。5歳の娘さんとの合作レッスン(詩から抜粋した短いフレーズ)を、日英二ヶ国語のポスターにして展示したわけだけど、写真展なのに写真が1枚もないという(笑)。
デヴィッド
あれは、もともと「メール・アート」(郵便アートと通信アートとも呼ばれる)として書いた文章から抜粋したものなんだよ。ある賞の一環でドイツに住むはずだったけれど、コロナ禍でLAの自宅に籠ることになったとき、娘のエラと一緒に詩やレッスンを書いてLAからドイツへ毎週送ったんだ。それらを「インストラクション・アート」(鑑賞者への指示を中核とするアート)の作品群『Change the Name of the Days』としてまとめたんだ。
速水
「ここにいない誰かの写真を撮る」「植物と呼吸を交換する」とか、見る人に自分を取り巻く世界との対話を促すような作品が、日常の延長線にあることが面白かった。デヴィッドは作品づくりのインスピレーションはどこから受けてるのかな?
デヴィッド
自宅近くの川を眺めたり、日本の猫についての本を読んだり、ごく当たり前の日常の出来事から発想が湧き出してくるんだ。
そもそもぼくは、作品やプロジェクトを進めるときに、頭の中に溢れてくるアイデアをインターネットでオーディエンスとシェアする。そこからインタラクティブなやり取りが生まれるんだけど、シェアするのは湧いてくるアイデアを消化するためという意味もあるんだよ。そういうことを繰り返していると、おもしろいことに自然発生的に次々と別のプロジェクトにつながっていくんだ。
T3の開幕前日に行われたレセプションパーティの様子。出展作家や関係者など130名ほどが集まり盛り上がりを見せた
速水
作品のセレクトに関しては、デヴィッド、僕、そして共同キュレーターのマークの3人で、どのエリアにどのレッスンを展示するか、レッスンがはらんでいる意味と場所との関係性も含めて、ずいぶん議論したよね。
デヴィッド
そうだったね。3人で議論した時間が楽しかった。
速水
東京には埋め立てられた川がたくさんあるから、「埋め立てられた川を見つける(find a buried river)」というレッスンは外せないね、ってなったり。東京ミッドタウン八重洲に併設された小学校前に展示した「ネコに時間を尋ねる(ask a cat for the time)」も、とてもユニークなレッスンだよね。
デヴィッド
その昔、忍者は猫の瞳孔を見て時間を把握していたという言い伝えがあるのを知って、そこから発想したレッスンなんだ。時計の代わりにネコの目を見て時間について考えてみよう。そんなテキストが添えられているんだけど、これはぜひ子どもたちに読んでもらって、時間についてもう一度考えてみてほしくて、あの場所を選んだんだ。
速水
気づきとともに遊び心がある。デヴィッドならではの表現といえるレッスンだけれど、とりわけ象徴的だったのは「植物と呼吸を交換する(exchange breaths with a plant)」というレッスン。あの作品を八重洲の狭い路地に面した建物の外壁に展示したのは、ある意味挑戦だった。
デヴィッド
そこは路上でタバコを吸う人が集まる場所だったからね。なのに「植物と爽やかな呼吸を交換しよう」なんて(笑)。
速水
「呼吸を交換する」という言葉と、その前でタバコを吸う人たち。そういった環境も含めてこの作品のプレゼンテーションになるようにセレクトしたことを、理解して面白がってくれていた人たちもかなりいて。都市の屋外空間ならではの展示になったと思います。
速水
ところで、デヴィッドは日系アメリカ人というルーツを持っているよね。デヴィッドの目に、東京やここ八重洲周辺のエリアはどう映った?
デヴィッド
惟広が連れて行ってくれた京橋の「すし処 目羅 (めら)」は良いお店だったね。娘のエラも気に入って、一緒に寿司を満喫したよ。それからほうきの老舗店「白木屋傳兵衛」も、日本ならではの伝統を感じられておもしろかったよ。
速水
エラちゃんはミニほうきをもらっていたね。
デヴィッド
そうそう。ああいう古くから続く小さなショップやレストランもあれば、すぐそばでビルや建物が、縦や横いろんな方向に乱立している。そんなギャップは他の場所になかなかないんだ。世界のどの大都市よりも東京は、「忙しない」とか「目まぐるしい」といった言葉が似合うな。だけどね、ビル群のど真ん中にある小さなコンビニのイートインスペースでのんびり昼寝している人もいてさ(笑)。まるでそこだけ突然時間が止まったみたいに。その全部が東京って感じ。
速水
まさに、それがT3の背景でもあるんだ。まちには、必ず使われていない“余白”がある。工事中のビルの壁面といったわかりやすい空間もだけど、それ以外にも様々な余白があって、そういった場所を作家たちと一緒にハックしたいと思ったんだ。そうすることで、その時その場所に異なる解釈がもたらされる。東京は変わりゆくまちだから、数年後にはまったく違う風景が広がっていると思うよ。
デヴィッド
だからだね。東京は、何度来てもいつも初めてやって来たアウトサイダーのような気持ちになる。いつも違った顔に出会えるし、古い場所と新しい場所のギャップに、この土地が積み重ねてきた長い時間や歴史の重みを感じるからかもしれない。
速水
デヴィッドはルーツである日本という国の文化が、自身の表現手法に影響を与えていると思う?
デヴィッド
例えば、「NOSTALGIA」という作品は、削除したデジタル写真と短いテキストが収録された句集で、そのミニマルなあり方は、俳句の世界観に影響されているじゃないかって。ぼくの母方の家系は九州と広島がルーツなんだけど、実はいま、九州で写真のプロジェクトを準備中なんだ。町のいろんな場所で通りすがりの人と、ファッションフォトのようなスタイルで写真を撮り、ぼくと似ているかどうか比べてみたくて。
速水
自分の家族のルーツを探る、自分の親戚を探すようなプロジェクトか。今から楽しみだな。そういえば、デヴィッドは、今回の日本滞在中に訪れた別府で、T3の出展作家でもある西野壮平さんの作品にも偶然出合ったんだよね。
デヴィッド
そうなんだよ。あれには驚いた。
速水
つながりや発展を生むのが、写真やアートの素晴らしさだね。特に写真に関していえば、日本には世界でもトップクラスの作家たちがいて、そういった作家たちを育ててきた文化や歴史がある。ただ、その価値を実は日本人が一番知らないんじゃないかと感じていて。だからこそ、T3のような場が、海外と国内における「写真」に対する認識のギャップを埋められたらと思うんだ。
デヴィッド
惟広の想いはぼくも受け取っているよ。これからも、一緒におもしろいことを仕掛けていこう。
撮影/斉藤美春
冨永真奈美
ライター
ライター(日本語・英語)。ワイン、クルーズ、旅行などのメディアを通じて、豊かなライフスタイルや価値あるエクスペリエンスを伝えることに情熱を傾けている。全大陸を踏破。世界的なデザイナーの本を多数翻訳するなど、出版翻訳においても豊富な実績を有する。日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート。