日本の玄関口・東京駅を有する八重洲・日本橋・京橋エリアは、多くの人を受け入れるまちであるとともに、地縁的な結びつきも強いまち。注目の若手エッセイスト・絶対に終電を逃さない女が、このまちや人々を観察していく連載。
私には近所友達が1人だけいる。1年ちょっと前に今の家に引っ越してきてから、元々その街に住んでいた大学の先輩とよく連絡を取り合うようになった。このお店が美味しかったとか、こんな貼り紙があったとか、こんな地域イベントに行ったとか、商店街の肉屋の息子がかっこいいとか、こんな変な人がいたとか、なんか変な虫を見つけたとか、そんな近所でのちょっとした発見や情報を、逐一LINEし合っている。会うことはあまりないのだが、近所友達特有の心強さとあたたかさを実感する日々である。
近所友達と書いたのは、「ご近所さん」だと「たまたま近所に住んでいて出会って交友関係を持つようになった人」、というイメージが強いように思うからだ。
今回潜入した「GOKINJYO」は、東京建物が主催する、八重洲・日本橋・京橋エリアで働く女性たちの“職場ご近所さん”コミュニティである。現在LINEグループには約50名が加入しており、月に数回このエリアにある老舗飲食店で少人数での食事・飲み会などを開催している。入会・退会は自由、会費なし、基本ルールは「否定しないこと」と「強制しないこと」の2つ、というゆるい集まりである。
職場が近所であること以外に特に共通点もなければしがらみもないわけだが、今のところLINEグループからは誰も退会していない上に会話が続いているらしい。今回は日本橋の居酒屋「いけ増」にて、そんなGOKINJYOメンバーの飲み会に半分参加しながら観察させてもらうことになった。
メンバーは以下の4人。
二階堂(通称:にかちゃん)…20代後半、吉本興業2年目お笑い芸人。GOKINJYOのコミュニティマネージャー担当。
Kさん…40代前半、バツイチ独身、不動産系会社員。飲食店に詳しく、回り道をしたくないという理由で全部事前に調べて行くことから、「歩くホットペッパー」の異名を持つ合理主義者。
Nさん…40代後半、独身、会社員。一人の時間が長すぎて料理を極めた結果、料理研究家でもある。
Aさん…30代前半、独身、結婚したら退社しなければならない古風な会社の事務職、というプロフィールからは想像もつかないほど、ノリが良く明るい。
GOKINJYOは発足して間もないため全員ほぼ初対面。毎回の恒例らしく、席順での自己紹介から始まった。項目として名前や職業、働く場所のほか、にかちゃんが突如出した「好きな猫と嫌いな猫!」という謎のお題に沿って、各々その場で思いつく限りの好きな猫と嫌いな猫を述べていく。私は最初「なんだそれ?」と内心思ったのだが、これが案外盛り上がった。普通のプロフィールだけだと当たり障りのない世間話から始まりがちだが、「好きな猫と嫌いな猫」からはそれぞれの性格や価値観が垣間見え、それが会話の糸口になり、距離が縮まるのが早くなるように思えた。
今回はあえて違うタイプのメンバーを集めたとのことで、確かにもし学校の同じクラスにいたら同じグループにはならないであろう組み合わせである。
しかしそれでも、「夫の浮気に気付いて淡々と水面下で離婚を進め、置き手紙をして家を出た」話とか、「家に彼氏は食べないはずのハーゲンダッツが置いてあったことで浮気に気づいてまな板(ただしプラスチックの薄いやつ)を投げた」話とか、「裏切られた時に自分で気持ちを整理整頓し切って淡々と話をするよりも、そうやってストレートに感情を出したほうが相手はわかってくれるのではないか」という話とか、「好みの見た目の人と付き合うと嫌われないように気を遣いすぎて疲れるから、見た目はそんなに好みじゃないほうがいいのではないか」という話など、だいたい恋愛の話と少々下世話な話で、ちゃんと盛り上がっていた。
そんな彼女たちに、なぜGOKINJYOに入ったのかを尋ねてみると、会社近くの気になるお店にサクッと一緒に行ける友達が欲しい、同じ会社じゃないから話せることがある、会社の人とは友達になりたくない、といった理由が返ってきた。
確かに、今回の飲み会では一般的に会社の人とは話しづらいであろう話が多かった。参加者の一人は「同僚に自分のプライベートなことは話したくないし、相手のプライベートなことも聞きにくい、ってお互い思ってると、会話が同僚の悪口になりがちなのが嫌。悪口言うくらいだったら黙ってたほうがいい」と言う。会社に友達がいたとしても何かのきっかけでギクシャクしたり噂が回ったりしてその後やりにくくなったりもするらしい。
一方このGOKINJYOは開催される飲み会に参加してもしなくても良いし、LINEでやりとりされるまちの情報や会話を見ているだけでも良い。会おうと思えばすぐ会える距離なので仲良くなったら仕事終わりに個別で飲み行くこともできる。つまり距離感を自分で決めることができるのだ。共通項が「同じまちで働いている女性同士」ということのみであるからこそ、居心地のよさと、ある意味での心強さみたいなものを感じている参加者が多そうだ。
こうしたゆるい繋がりを、「浅い」「表面的」な関係だと思う人もいるかもしれない。昔の私だったらそう思っていた。
お互い腹を割って何でも本音を話せるのが本当の友達で、そうでない関係は欺瞞(ぎまん)であり、取るに足らない人間関係である、という潔癖な考え方だった頃。そういう人付き合いを気持ち悪いとすら思っていて、交友関係はとにかく狭く深くを指向していた。
私ほど極端な人は少ないにせよ、学生時代のクラスでは女子のグループははっきり分かれていて、グループを横断して話すことはほとんどない、という様子をよく見てきたから、今回の飲み会は新鮮だった。
今回に限った話ではないが、大人になると、クラスにいたら絶対に仲良くなれなかったであろうタイプの人と案外楽しく話せたり仲良くなれたりすることがある。多少趣味や価値観が違っても、その差異こそを楽しめる余裕が出てくるからだろうか。私はそういう時、大人になって良かったと心から思う。
多少の気遣いと建前を混じえながらの会話であっても、それは必ずしも表層的という言葉で表現されるほどドライな関係でもなくて、適度な距離を保っているからこそ話せる本音もある。その距離感ならではの、居心地の良さと楽しい時間を共有できる関係だってあるのだ。
人の数だけ関係性があって、相手ごとに適切な距離感がある。距離に優劣はなく、お互いに敬意を持って接することができてその距離に心地良さがあれば、すべての人間関係が尊いものなのだと思った。
マッチングアプリの話で盛り上がる一幕もあったのだが、近年は異性と出会えるツールは増えたものの、そもそも社会人が新しく同性の友達を作る機会が少ないのではないだろうか。その意味も含めて、職場ご近所さんというのは実にちょうどいい提案なのではないかと感心した。もしかすると、このコミュニティの中から、親友と呼べるような仲に発展する出会いもあるのかもしれない。
そんなことを考えながら解散し、自宅最寄りのスーパーに寄って買い物をしていると、なんだか自分もあの辺の会社員で、職場ご近所飲み会の帰りのような気分になったのだった。
写真/波田野州平
いけ増 日本橋店
1995年生まれ。早稲田大学文学部卒業。大学時代よりライターとして活動し、現在はエッセイを中心にWebメディア、雑誌、映画パンフレットなどに寄稿。雑誌『GINZA』(マガジンハウス)のウェブマガジンに掲載した連載エッセイ「シティガール未満」が話題となり、2023年に書籍化。(アイコン写真 撮影:小財美香子)
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