日本の玄関口・東京駅を有する八重洲・日本橋・京橋エリアは、多くの人を受け入れるまちであるとともに、地縁的な結びつきも強いまち。注目の若手エッセイスト・絶対に終電を逃さない女が、このまちや人々を観察していく連載。
最近、なぜ呼ばれたのかわからない馴染めなさそうな集まりに、あえて参加するようにしている。普段はプライベートでも仕事でも、お互いに会いたい・話したいと思える人や、最初から私を知ってくれている人とばかり会っていて、学校や会社のように自ら選んだわけではない人と関わる機会が皆無に等しい。おかげで学生時代と違ってストレスが少なく平和な日々を過ごせているのだが、それはそれで、関わる人が偏りすぎているのではないかと時々不安になる。それを解消するために、修行だと思って参加しているのだ。
「最近あえてアウェイなところに行ってるみたいじゃない」
そのことを知っている、この連載の担当編集さんに言われた。
言われた場所は、今回の取材先である日本橋のバー「THE FLYING PENGUINS(ザ・フライングペンギンズ)」。いやいや、さすがにここはアウェイにもほどがあるでしょう、勘弁してください、と思う。
店名のザ・フライングペンギンズ(通称・フラペン)は、「第一人者として飛び出したファーストペンギンや、それに続き空を飛びたいと願うペンギンたちを意味している」らしい。公式サイトのコンセプト説明文には、「空を飛んだペンギンと、空を飛びたいペンギンが夜な夜な集うバー」「一人ひとりの可能性や挑戦をみんなで応援し合う」「多様な背景を持つさまざまな人の偶発的な出会いから、挑戦やイノベーションを生み出すコミュニティ」などといった文言が並んでいる。
つまり、何らかの社会的成功を収めた人と、それを目指す人たちが集まる場ということだろう。具体的には、起業家や大企業の新規事業担当者などが多く集まっているとのこと。
……修行としてはハードすぎる。前述の修行というのは大抵、社交的な友人が人を集めた飲み会やパーティーだから最低限の接点や共通の話題があるが、起業家や起業を目指しているような人は、友達の友達にも多分いないくらい、縁遠い人生を送ってきた。
おまけに夢や挑戦したいことも特にない。いや、全くなくはない。夢を聞かれた時はだいたい「猫を飼うこと」と答えているが、このフラペンの文脈での夢というのは、そういう個人的なことではないのだろう。もっと何か、社会的で立派な夢だ。もしここで誰かに聞かれたら、とりあえず「ベストセラー作家になること」とでも答えておこうか……。
20時を過ぎ徐々に増えていくビジネスマンたちを横目に、そんなことを考えながらカウンターでレモネードをちびちび飲んでいた。オシャレなソフトドリンクが充実しているおかげで、とりあえず下戸としてのアウェイ感は和らぐ。
フラペンは日によって様々なテーマが設けられ、日替わり店長制が導入されている。この日はYNK(八重洲・日本橋・京橋)エリアのまちづくりについて考える「YNKナイト」で、店長は八重洲に本社を構える企業でまちづくりに関わってるという建道(こんどう)佳一郎さん。店長を務めるのは今回が初めてだという。
スクリーンを使い、店長による挨拶とYNKエリアの説明やこの会の主旨のプレゼンテーションが始まる。入社2年目で今年からまちづくり関連部署に配属されたそうで、一生懸命さと緊張感が伝わってきて、その初々しい姿は、誰から見ても好感度が高いに違いない。
そんな建道さんがどんな若者なのかを知りたくなり、プレゼン終了後、現在の会社に入社した理由を尋ねてみると、
「スノーボードが大好きで、大学時代、新潟のスキー場の近くにあるバブル期のリゾートマンションを借りて冬の数ヶ月は毎年そこで暮らしてたんです。建てられた当時は億ションと呼ばれていたのに、今や数百万円で買えるし、賃貸なら学生でも手が出るくらい価値が暴落してて。自分にとってはとても好きな場所だから、なくなってほしくない。そういう場所に新たな価値をつくりだして地域を盛り上げていくような仕事をしたいと思って志望しました」
「それって面接でも話されたんですか?」
「はい!」
澱みのない流暢な説明に加え、誰にでも好かれそうな人懐っこく爽やかな笑顔が眩しい。入社後は3年ほど同じ部署で働くことが多いそうだが、彼は入社2年目にして、自ら志望してまちづくり関連部署に異動してきたのだそう。
徐々にお客さんが増えた店内では、いくつかのスタンドテーブルを囲んで、ざっと15人くらいのビジネスマンたちがそれぞれ談笑している。お酒が入っているせいもあってかみんな声が大きく、もともと声の小さい私は、その迫力に圧倒され、話しかけることすらも躊躇してしまっていた。起業家の方が集まると聞いていたので、服装はもっと自由なのかと思っていたが、多くの人が白いシャツにネクタイにジャケットという出で立ち。普段は古着の柄シャツなどを着ることが多い私だが、この日は綺麗めの格好で来て正解だった。
ともあれ取材なので、勇気を出して何人かに話を聞いてみた。すると当然ながら業種は多種多様である。建設業に特化した英語教育サービスの起業家や、出張料理・ケータリングサービスの出張寿司職人。ベンチャーキャピタルや不動産会社の営業担当の方もいた。
このフラペンの運営を手掛けている弦本卓也さんにも話を聞くことができた。弦本さん自身も不動産業を営む起業家である。以前は会社員をやりながらシェアオフィス、シェアハウス、飲食店などが同居する複合ビルを運営していたという。現在は、住む、働く、学ぶ、遊ぶ、休むが一体となった”新・弦本ビル”を建設し運営することを目指して準備中だとか。
目を引いたのが、弦本さんが着ていたTシャツだ。新・弦本ビルの構想図がプリントされており、芥川賞作家の羽田圭介(自著の書影がプリントされたTシャツを着てメディアに出演している)を思い出す。それを指差しながら、ビルの解説をしてくださった。オフィスやコワーキングスペースをはじめ、イベントスペース、ジムやサウナ、レストラン、シェアハウスまである、7階建てのビル。
弦本さんはこれまでもこうして、やりたいことをいろんな人に話してアドバイスをもらったり縁を作ったりしてきたという。
物書きである私も、書きたいものをとりあえずいろんなところで言っておくと実現しやすいというセオリーは知っている。知っていながらも自ら言うのは恥ずかしかったりするが、弦本さんのようにTシャツにプリントして着てしまえば、自分から積極的に言わなくても、引き出してもらえるかもしれない。
22時半を過ぎたあたりで徐々にお客さんが帰り始め、店内は落ち着きを取り戻してきた。そのタイミングで紹介されたのが、九州出身で就職を機に上京したばかりだという新入社員の峰渉磨さんだ。
編集のSさんが「東京で何がしたい?」と問いかけると、
「とりあえずカッケー大人になりたいです」
という予想を遥かに上回る初々しい一言が返ってくる。
「カッケー大人って何?」
「ヒゲ生やすとか……浅いので掘り下げないください(笑)」
カッケー大人の男のイメージが今のところヒゲしかないという峰さんは、そういうキャラとして通っているようで、「東京で行ってみたいところは? クラブとか?」と聞かれても、「それ言おうとしてたのに、先に言わないでくださいよ」と切り返す。
「こないだ友達が東京に遊びに来た時に、とりあえず渋谷に連れてったら人が多すぎるってなって、すぐ僕の家に帰って家飲みしてました。東京といえば渋谷だ、と思って意気込んで連れて行ったんですけどね」というエピソードにも、「渋谷はないでしょ!」と一同盛り上がる。
私も笑って、せっかくならYNKエリアにしたほうが渋くてオシャレなんじゃないですか、などと言ったけれど、よく考えたら私も昔は東京といえば渋谷だと思ってたな、と思う。渋谷はベタすぎるし人が多すぎるから避けるのが賢明という判断は、東京に慣れ親しんだ者の発想だ。
最後に峰さんは「まあ、渋谷に行ったのが可愛く思える時が来ると思うんで」と妙に客観的なことを言って締めようとする。
かっこよくなってモテたいなら度が強すぎる眼鏡をやめてコンタクトにしたほうがいい、という周りからのアドバイスには、「ドライアイなんで、目を大事にしてるんです!」と主張する。
その姿を見ていると、峰さんはすでに十分かっこいい大人なのではないかと思えてきた。
カッケー大人になりたいと堂々と口に出せる素直さがあり、それでいてそれが具体的なビジョンのない漠然とした願望であることを自覚できる俯瞰的な視点と、浅いと自虐するユーモアを併せ持っている。今の自分をいつか可愛く思える時が来るという長期的視点もあり、モテより目を大事にする健全さもある。それはとても、かっこいいことなのではないか。
実現したいことは周りに言った方が実現しやすいのなら、浅かろうが笑われようがカッケー大人になりたいと宣言した方がいい。
ここで口にするのは、何か社会的で立派な夢じゃなくても、カッケー大人になりたいとか、ヒゲを生やしたいとか、猫を飼いたいとか、そういう目標でもいいのかもしれない。
そういえば、先日修行だと思って参加した飲み会で友達が増えた。なんだかんだ、勇気を出して一歩踏み出せば、偶発的な良い出会いが待っていたりするものだ。
撮影/wakana
THE FLYING PENGUINS
1995年生まれ。早稲田大学文学部卒業。大学時代よりライターとして活動し、現在はエッセイを中心にWebメディア、雑誌、映画パンフレットなどに寄稿。雑誌『GINZA』(マガジンハウス)のウェブマガジンに掲載した連載エッセイ「シティガール未満」が話題となり、2023年に書籍化。(アイコン写真 撮影:小財美香子)
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