現代アートに工芸、古美術…、八重洲・日本橋・京橋エリアは知る人ぞ知るアートの宝庫。アートにも造詣の深いマドモアゼル・ユリアと一緒に、今日はどんなアートによりみちする?
今回訪れた「Meet with Flowers in TOKYO YNK 2025」(2025年3月19日〜4月6日)は、八重洲・日本橋・京橋エリアで行われたフラワーイベントです。約1万本のガーベラが無料配布されたり、個性豊かないけばなが展示されたり、オフィスワーカーや来街者に向けて、「花と出会いなおす」機会を提供しています。
今回は現代華道家の大薗彩芳さんをゲストに迎え、いけばな作品を鑑賞。その後大薗さんの手解きを受けながらいけばなに挑戦しました。
イベント期間中は、八重洲・日本橋・京橋エリアの各所にいけばなが展示されていました。そこでまずは、東京建物日本橋ビルの屋外に展示された大薗さんご自身が手がけた作品から鑑賞していきます。
『獅子麒麟』大薗彩芳
ユリア:ここにある2つのいけばなは、どちらも大薗さんの作品ですね。
大薗:そうです。日本橋には獅子像と麒麟像があり、それを抽象的にオブジェで表現しました。獅子像は横長に、麒麟像は高さを出して対比させています。
ユリア:こんな大きな作品、どうやって制作するのですか? 普通のいけばなとは制作のプロセスは違いますか?
大薗:基本は同じです。今回は、鉄製の花器とパイプ素材で土台を組んで、木を使って構造を作り、藤の蔓(つる)で上部の構造体を作り、最後に生のお花を生けています。
ユリア:土台を組んだり、木で構造を作ったり、まるで彫刻みたいです。
大薗:おっしゃる通りです。
ユリア:生のお花が使われていますが屋外の展示に耐えられるようにしているのですか?
大薗:何日か持つような花を選んでいます。蘭系が多いですね。バンダ、エビデンドラム、アンスリウムなどを使っています。どれも僕がイメージする獅子と麒麟の色です。麒麟は動物園にいるキリンではなく、空想上の生き物の麒麟。ですから、黒、黄色、赤をメインで使っています。木は舎利木(しゃりぼく)と呼ばれるものを使い、一部に着色しています。
ユリア:これは流木ではなく舎利木……何が違うのですか?
大薗:流木は海川で取れるもので、水の侵食を受けていて丸みがあります。一方舎利木は山で取れるもので、ゴツゴツしています。雷に打たれた木などが、朽ちて堅い部分だけが残ってできるのです。
続いて向かったのは、東京駅八重洲口の目の前、八重洲通りの中央分離帯。今回特別な許可を得て、ここにも大薗さんの作品が展示されていました。
『Neo 江戸 トウキョウ』大薗彩芳
大薗:ここに作品が置かれるのは初めてだったみたいです。色々な制約を守りながら、サイズの制限をめいっぱい使った大きな作品に仕上げました。
ユリア:曲線が印象的ですね。
大薗:ここはビルに囲まれていて、直線が多い中に置かれる作品なので、曲線を生かした有機的なデザインにしました。色々な色に着色されてリボンのように見えるのは実は竹なんです。ベースとなっているのは藤蔓を黒く着色したもの。花は造花で、どれも東京のイメージと紐づいています。ポップカルチャー、アニメ、漫画、秋葉原のような電気街、明治神宮のような自然や桜、東京タワーなど、日本人が持つ東京のイメージと、外国人が感じる東京のイメージを散りばめました。
ユリア:竹はカラフルだけどちょっと渋めで、いい色ですね。江戸のイメージなのでしょうか。
大薗:そうなんです。当時、浮世絵などで流行していた色を調べて着色しました。ベースの黒とのコントラストで、モダンな雰囲気にも見えるんじゃないかなと思います。
最後は、東京スクエアガーデン、東京建物八重洲ビルに若手アーティストの15作品を展示する「Sogetsu Ikebana Exhibition:“15” 」を見に行きました。
ユリア:次は若手アーティストの方々の作品だそうですね。
大薗:はい、今回は10〜30代の方にお声がけしました。「Sogetsu Ikebana Exhibition:“15” 」として、東京スクエアガーデン1階通路に10作品、東京建物八重洲ビルの前には5作品が並んでいます。中には、庭師の方、IT会社勤務の方、コロンビア人の方、学生さんなどもいて、個性豊かです。ビルに負けないサイズ感で作ってほしいと依頼をして、皆さん大きな作品にチャレンジしています。
ユリア:みなさん、それぞれ表現方法が全然違っていて面白いですね。
大薗:世代もいけばな歴もバラバラな方々に参加していただいているので、統一感はないのですが、自分で道を切り開いていけばなの文化を発展させたいという思いを持った方に集まってもらいました。
ユリア:これらの作品はみんな同じ台座の上に作られているんですね。しかも下に車輪がついていて移動ができるのでしょうか?
大薗:ここはオフィス街で平日と週末とで人通りが大きく違うため、作品の展示場所を変えられるよう、移動できる台座にしました。また、この台座にはソーラーパネルが付いているので、夜になると電気が付くんですよ。このエリアは江戸の中心で、さまざまな器に花や植木を入れて楽しむ文化があったそうです。
今回の参加アーティストにも、そういった園芸の文化をイメージした作品をそれぞれの解釈で作ってもらいました。
ユリア:使われている素材もさまざまで、帽子、鏡、木の根っこ、デニムなど、個性がありますね。
大薗:作品によって全然違うのがおもしろいですよね。僕はデザインに関するアドバイスは基本的にはせずに、皆さんのアーティストとしての想いを尊重し、自由に制作してもらいました。
ユリア:どれもタイトルが付いていますね。そのタイトルにも個性が出ているように感じます。
大薗:僕が所属する草月流(*)は作品の自由度の高さが特徴でアートとの親和性も高く、僕は作品にタイトルを付けて意味を持たせることが大切だと考えています。それに僕は、作品をただのいけばなではなく、現代アートの領域に持ち上げたいと思っています。どんなメッセージを込めて作っているのかを大事にしているので、今回は参加アーティストたちにタイトルとキャプションを付けるようにお願いしました。
ユリア:今回参加しているアーティストは、みなさん草月流の方でしょうか?
大薗:はい。ただ、草月流は約100年前の創流当初からダイバーシティを体現してきましたので、流派や世代を超えた展開も、今後何らかの形でできたらいいな……と思っています。
ユリア:色んな作品を見られた方がいいですよね。
大薗:そうなんです。特に今回のイベントのようにオープンな場に作品が置けるようになると、様々な方に見ていただけるのでとても意義がある。こういった取り組みを、流派を超えて展開していくのは、今後のいけばな文化を発展させていくために重要なことだと思っています。
ユリア:展示を目的にいらっしゃっている方もいますが、たまたま通りがかった方が足を止めて、作品を鑑賞している様子も見られますね。
*いけばなの流派のひとつで、自由で前衛的な作風が特徴。
作品の鑑賞が終わると次は、いよいよいけばなに挑戦します。まず最初に、大薗さんからいけばなの基礎について講義をしていただきました。
大薗:ユリアさんはこれまでいけばなを体験したことはありますか?
ユリア:はい、大学に通っていたときに、講義でいけばなの歴史を学び、その後、草月流のいけばなの実習も経験しました。でもそれ以来なので、けっこう忘れている部分もあります。ぜひ基礎から教えてください。
大薗:最初に覚えておいていただきたいのが、フラワーアレンジメントといけばなの違いです。西洋の文化の中で生まれたフラワーアレンジメントの特徴は、たくさんの花を詰めて、丸や四角などの「形」を作ることです。ベクトルが内側に向かっているイメージです。
一方、和の文化で生まれたいけばなは、形を作りません。使っている花の数も少ないです。花を使って空間を広げていて、ベクトルが外側に向かっているイメージです。
花をいけるときは、器の中央ではなくあえて左斜め前にいけることで、水面を数センチだけ広く見せることができます。これによって、海、湖、池のような、無限の広がりが感じられるようになります。
つまり、小さな空間に大きな世界観を凝縮させて、見た人にそれを感じさせるのがいけばななんです。
もうひとつ違いがあります。いけばなは、美しさだけを目指しているわけではないので、たとえば「荒廃した都市」を表現することもできます。表現の幅が広いのもいけばなの特徴です。
ユリア:以前に学んだことを、だんだん思い出してきました。
大薗:ではここから、実際に作品をつくってみましょう。今回は「基本立真型・盛花(きほんりっしんけい・もりばな)」を作ります。これは草月流で最初に学ぶ基本の花型です。まずは、器を選んで、剣山を置いて水を入れます。その後、主枝(しゅし)となる「真(しん)・副(そえ)・控(ひかえ)」と呼ばれる3本を選びます。今回用意したのは、真と副に木蓮(もくれん)、控にアンスリウムです。
ユリア:アンスリウムは白、ピンク、赤っぽいのがありますね。器に合わせるならこれかな。
大薗:3本選んだら、それぞれ決められた長さに切ります。そして切った花を剣山に刺していきます。真は中央から15度斜めに、副は中央から45度斜めに、控は中央から75度斜めに倒します。
ユリア:どの向きにするか、迷いますね。
大薗:控のアンスリウムをどの向きにするかが重要になってきますよ。真・副・控の3本をいけたら、剣山を隠すようにして、使わなかった花をいけていきます。立体感を出すために、後ろにも枝をいけます。
大薗:正面から見ると、この枝がなくてもいいかもしれませんよ。
ユリア:確かにない方がスッキリしそう。
最後に大薗さんに全体を見てもらい完成しました。完成した作品を見て、「決まりに則って作ったのに、自分の作品として世界観が生み出せるってすごいですね」とユリアさん。大薗さんからは「今日のお洋服の色味ともあっていて、ユリアさんの個性も出ていてとてもいいですね」とお褒めの言葉をいただきました。
今日は基本のいけばなのいけかたを教えていただきましたが、この型があっても作り手や草花のチョイス、飾る空間によってまったく違う作品になります。私はこの机の上の小さな世界を作るだけで精一杯でしたが、展示されていたような屋外作品は空間の規模が全く変わりますし、天候や長期展示に耐える事、様々な要素を考えながら街ゆく人々が楽しめるダイナミックな作品を作られていました。
少しでもいけばなの知識があると見方も変わり楽しめますね。いけばなをより深く味わうために、体験してみることもオススメです!
「Meet with Flowers in TOKYO YNK 2025」の様子は公式インスタグラムで配信中。
撮影/山仲竜也
ライター/梶塚美帆(ミアキス)
10代からDJ兼シンガーとして活動を開始。DJのほか、きもののスタイリングや着物教室の主催、コラム執筆など、東京を拠点に世界各地で幅広く活動中。YouTubeチャンネル「ゆりあの部屋」は毎週配信。
「ゆりあの部屋」:@melleyulia
Instagram:@mademoiselle_yulia