知る人ぞ知るアートの宝庫、八重洲・日本橋・京橋エリア。マドモアゼル・ユリアと一緒に、今日はどんなアートによりみちする?
今回訪れたのは京橋のアーティゾン美術館。ここで「ジャム・セッション 石橋財団コレクション×毛利悠子—ピュシスについて」(2024年11月2日~2025年2月9日)が開催されています。「ジャム・セッション」とは、2020年の開館から続くシリーズ企画。アーティストと学芸員が共同して、石橋財団コレクションの特定の作品からインスパイアされた新作や、コレクションとアーティストの作品のセッションによって生み出される新たな視点を提示する展覧会。5回目となる今回のアーティストは毛利悠子さん。第60回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展(2024年)日本館代表に選ばれるなど、世界のアートシーンで活躍しています。今回は毛利さんに解説してもらいながら、マドモアゼル・ユリアの感性で読み解く現代アートの世界をお楽しみください。
ユリア:こんにちは。お久しぶりです。5月のヴェネチア・ヴィエンナーレでお目にかかって以来ですね。あの時に拝見した作品がとても印象的で、毛利さんの作品のファンになりまして。今日また作品を鑑賞できるうえ、毛利さんにもお会いできるということで、楽しみにして来ました。今回の展覧会はジャム・セッションとのこと、音楽のジャム・セッションのように、毛利さんの作品と他のアーティストの作品が奏でる調和を感じられるだけでなく、互いを比較させたり、偶発的な反応に出合えたりするのではないかと思っています。
毛利:お久しぶりです。またこういう形でお会いできるのを私も楽しみにしていました。今回はヴェネチア・ヴィエンナーレで展示した作品もあるんですよ。
ユリア:それは楽しみです。
毛利:今回の企画が始動したのは約3年前なんですよ。新旧含め自分の7つのインスタレーション作品に合わせて、石橋財団が所蔵する約3,000点のコレクションから10作品を選びました。その中には、長年興味を持ち続けてきた作品も多く含まれています。また、ジャム・セッションという展覧会の企画自体にも以前から魅力を感じており、今回のプロセスは非常に楽しいものでした。
ユリア:毛利さんの展覧会では、磁力や電流、空気、水、温度といった自然の力を、形や音、動きや変化として感じられるのが魅力だと思っています。展覧会のタイトルの一部である「ピュシス」(physis)は、古代ギリシャ語で生成や変化、消滅を繰り返す自然そのものを表しているとか。毛利さんの世界観にぴったりで、どんな展示になっているのかますます楽しみです!
毛利:まず最初にエントランスに展示された『Decomposition』(2021~)というタイトルのインスタレーションからご案内します。エントランスは常設の作品以外、通常は作品を置く場所ではないそうなのですが、ここにしか置けなかった理由があるんです。
ユリア:この作品はヴェネチアでも展示されていましたね。ヴェネチアの展示会場は天井まで吹き抜けで屋外と繋がった空間でした。
毛利:この作品では生の果物、今は季節柄ということもあって梨やリンゴを使っています。果物に電極を刺し、徐々に生を失い腐っていく果物の水分量が電気信号として計算されて、LEDパネルの光の変化やスピーカーから流れるオルガンの音としてリアルタイムで表現されるという仕組みになっています。ヴェネチアでは、果物は熟れて徐々に腐敗し、最後にはコンポストに溜められて肥料になりました。でも、同じ展示のしかたは美術館の中では難しい…。途中で果物は交換されます。また、生の果物=腐るものは美術館の展示室内には置けないとのことで、エントランスに展示することになりました。
ユリア:そんな事情があったのですか(笑)。
毛利:『Decomposition』と組み合わせたのは、『梨と桃』(1924)というジョルジュ・ブラックの静物画です。色合いから判断すると果物は腐りかけており、彼は果物の生と死に思いを巡らせながら描いていたのではないかと思いますね。
ユリア: なるほど、よく見ると腐りかけているような色に見えますね。
毛利:展示スペースの入り口にあるスロープには、『梨と桃』を含めて2つの絵画が展示されています。もうひとつの絵は藤島武二さんの『浪(大洗)』(1931)。茨城県の大洗町から見える海は太平洋です。神奈川県藤沢市で太平洋を見ながら育った私は、こんなブルーグレイを思わせる海に親近感を感じるので、今回の展示にもそんな郷愁の思いを反映させました。展示会場全体でブルーグレイの色彩や、寄せては返す「浪」のような音や動きを感じてもらえると思います。
ユリア:スロープを抜けると一気に見晴らしがよくなりましたね。高台に立っているみたい。
毛利:そうでしょう?まるで藤沢の海岸から太平洋を見渡すかのように、一段高い場所から、会場全体を見渡せる場所として構成しました。金属メッシュパネルの階段を設けたので昇り降りもできますし、ここに腰を下ろして会場全体を眺めることもできます。藤沢の海岸で波の音を聞きつつまどろんでいるようなイメージを感じてもらえたらと思います。
ユリア:階段の下に誰かが捨てたようなコーラの缶まで置かれていて、細やかな演出ですね(笑)。
毛利:コーラの缶は自分で用意しました。ちゃんと洗ってから持ってきましたよ(笑)。この場所では、相思相愛の[ST1] 男女が海辺で抱き合いキスを交わす情景を表現したくて、コンスタンティン・ブランクーシの石膏作品『接吻』を展示しました。その横には、リボンと電磁石を使った私の作品『Calls』(2013~)を置いています。『Calls』では、リボンに取り付けたフォークが電磁石に反応して揺れ、隣に置かれたグラスを時々叩くんです。この作品のテーマは、その名の通り何かを「呼び起こす」こと。magnet(磁石)は見えない力で惹き合うイメージそのもので、グラスを叩く行為は人の注意を引くパーティコールを思わせます。この動きや音を通じて、人と人が目に見えない力で惹かれ合う様子を表現しました。
『雨のベリール』クロード・モネ/Photo: Kioku Keizo
ユリア:藤沢から見える海も素敵ですが、この展覧会ではクロード・モネが描いた海の風景画『雨のベリール』(1886)も展示されていますね。
毛利:そうです。『雨のベリール』はフランス・ブルターニュ地方のベル=イル=アン=メール(「海に浮かぶ美しい島」という意味)という島で描かれた作品です。実際に現地を訪れ、静けさの中にも荒々しさを秘めた美しい海景色を目の当たりにしました。モネが立って描いていたであろう場所も見つけたのですが、それはほとんど崖っぷちの足元の悪い場所でした。そんな状況で、しかも雨が降る中描き続けるなんて、「モネすごいじゃん!」と感動しましたよ(笑)。モネはこの島に2週間の滞在予定だったのを結局3カ月に延ばしたそうで、 モネにとって魅力的な場所だったのでしょう。
ユリア:モネの並々ならぬパッションが感じられますね。スクリーンに映る海景色の映像や、スピーカーから流れる波の音は、島で撮影・録音されたものですか?
毛利:そうです。これは映像と音を組み合わせた私の作品『Piano Solo: Belle-ile』(2021~/2024)で、『雨のベリール』と共演させてみました。スピーカーから流れる波の音がマイクで拾われて音声データ化され、ピアノがその音声データを真似て演奏するという仕組みになっています。ピアノはある意味権威的な楽器ですが、波という自然の音はなぜかうまくコピーできず不協和音に近い音が出ているんです。意外なピアノの弱点や、自然の音との違いを感じてほしいです。
ユリア:毛利さんは数学的または物理的なアプローチで作品を作ることが多いと思いますが、昔から理数系の科目にも興味があったのですか?
毛利:ええ、学生のころから数学、物理、科学が好きでした。それに音楽や音響機器にも興味があって。そうしたものをいじるうちに、いろいろな作品が自然と生まれてきたという感じです(笑)。
毛利:私はマルセル・デュシャンの作品『彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも』(通称『大ガラス』)(1915~1923)に長年魅了されてきました。コロナ禍前から約7年間、自分の作品と絡めながら探求と考察を続けてきた成果が、ここに展示されているインスタレーション『めくる装置、3つのヴェール』(2018~)です。この『大ガラス』の概念は、「9人の独身者」が「花嫁」という既婚者に対して欲望を抱き、その欲望が様々なモチーフを介して飛んでいる、というもの。この概念を立体的に表現しました。
『大ガラス』は現在フィラデルフィア美術館に所蔵されているのですが、今回はこの作品のミニチュア版が収められた『マルセル・デュシャンあるはローズ・セラヴィの、または、による (トランクの箱) シリーズB』(1952、1946鉛筆素描)を一緒に展示しています。
ユリア:3つのサーキュレーターによって、花嫁のヴェールが揺れていますね。そして、下に置いてあるのはスキャナーでしょうか?
毛利:中央の壁を境に、一方を「花嫁」、もう一方を「独身者」の空間に見立てた配置になっています。「独身者」のスペースには、デュシャンの作品の楕円形のモチーフをもとにつくった金属製のレリーフを配置。このレリーフにシルバーのほうきが触れると通電が起こり、壁を挟んだ向こう側、「花嫁」のスペースに設置されたサーキュレーターが作動します。その風で、3枚の花嫁のヴェールがひらひらと舞い上がる仕掛けです。さらに、このヴェールの動きをスキャナーが読み取り、その映像が3台のモニターに映し出されるのです。
ユリア:このスキャナーと壁のモニターが繋がっているのですね。
毛利:そうです。スキャナーのおもしろい点は、動きを1秒から2秒の間隔で捉え、それを揺らぎや震えといった形で記録できるところです。その結果、映像を通して微細な変化を目で見ることができます。
ユリア:その微細な揺らぎや震えは、満たされることのない欲望を象徴しているように感じます。
毛利:最後にご紹介する作品は『鬼火』(2013~)です。揺れる糸が金属メッシュの網戸に接触すると通電が起こり、小さな火花とともにソレノイドが作動してバンドオルガンの鉄琴が鳴る仕組みとなっています。
Photo: kugeyasuhide
ユリア:真っ暗な空間で何が見えるのかと思ったら、ときどき火花が散っているのが見えますね。火花を鬼火になぞらえているということですね。
毛利:そうです。鬼火は日本の民間伝承において、人間や動物の霊魂が火となって現れた姿だと言い伝えられています。でも実際には、死体から出るメタンガスが発光する化学的現象なんですよね。とはいえ人間が紡ぎ出す物語には、化学の理を越えた詩的な魅力があり、生と死の神秘さえ感じられるところがとても興味深いと思っています。
ユリア:この『鬼火』だけではなく、どの作品も最初は微細な接触から始まった力が、最終的には音や動きといった目に見える形となって表現されているのが面白いですね。
毛利さん:この展覧会では、各作品に過度な説明を加えず、見る人それぞれの解釈や感じ方に委ねている部分が多いのです。特に順路も設けていませんので、思いのままに回遊して[ST1] もらえたらと思います。
ユリア:見にきた方がそれぞれの感じ方で自由に楽しめばいいのですね。今日はとても楽しく鑑賞できました。ありがとうございました。
毛利:こちらこそありがとうございました。
YULIAから今日のひと言
このアート展は、作品を見て視覚的に楽しむだけではなく、音や動き、時には香りさえも感じられるような多感覚的な体験が魅力です。まるで毛利さんが私たちの目の前で物理の実験を行い、その実験結果を共有して一緒に驚いたり喜んだりしているような気持ちになりました。
衣装協力:Mame Kurogouchi / マメ クロゴウチ
ワンピース 45,100円
(問い合わせ先 マメ クロゴウチ オンラインストア )
撮影/山仲竜也
ライター/冨永真奈美
ジャム・セッション 石橋財団コレクション×毛利悠子—ピュシスについて
開催場所:アーティゾン美術館 (東京都中央区京橋1-7-2)
開催期間:2024年11月2日(土)〜 2025年2月9日(日)
開館時間:10:00〜18:00(毎週金曜日は20:00まで)*入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日(11月4日、1月13日は開館)、11月5日、12月28日〜1月3日、1月14日
料金
一般:ウェブ予約チケット(1200円 *クレジット決済のみ)、窓口販売チケット(1500円)
大学生・専門学生・高校生:無料(要ウェブ予約。入館時に学生証か生徒手帳を提示)
障がい者手帳をお持ちの方と付き添いの方1名:無料(予約不要。入館時に障がい者手帳を提示)
中学生以下の方:無料(予約不要)
*この料金で同時開催の展覧会を全て鑑賞できます。詳しくは公式サイトをご確認ください。
同時開催:
ひとを描く
石橋財団コレクション選 特集コーナー展示 マティスのアトリエ
主催:公益財団法人石橋財団アーティゾン美術館
10代からDJ兼シンガーとして活動を開始。DJのほか、きもののスタイリングや着物教室の主催、コラム執筆など、東京を拠点に世界各地で幅広く活動中。YouTubeチャンネル「ゆりあの部屋」は毎週配信。
「ゆりあの部屋」:@melleyulia
Instagram:@mademoiselle_yulia