大通りから一歩入れば、どこか庶民的な風情が感じられる八重洲・日本橋・京橋エリアで、気になるあの人のインフォーマルなつながりとは?
\今回話を聞いたのは/
グラフィックデザイナー
八木幣二郎さん
1999年、東京都生まれ。グラフィックデザインを軸に、デザインが本来持っているはずのグラフィカルな要素を未来から発掘している。 ポスター、ビジュアルなどのグラフィックデザインをはじめ、CDやブックデザインなども手がける。
CANTEEN代表
遠山啓一さん
1991年、東京都生まれ。外資系広告代理店に勤務したのち、2019年にCANTEENを創業。Tohjiをはじめインディペンデントに活動する音楽アーティストをマネジメントしつつ、さまざまな事業を展開。日本橋馬喰町のギャラリー「CON_」の運営もそのひとつ。
UVプリンターをはじめとするさまざまな機材を備え、「ものづくり」を支援する京橋の「TOKYO IDEA EXCHANGE」。昨年よりここに拠点を移して活動しているのが、グラフィックデザイナーの八木幣二郎さんだ。そして、八木さんに声をかけ誘致したのは八木さんがアートディレクションを手がているアートプロジェクト「獸」なども手掛ける、日本橋馬喰町のギャラリー「CON_」の共同創業者・遠山啓一さん。ともに90年代生まれでありながらも、どこか異なる「世代感覚」を持つという2人に、これからの東京と文化を存分に語ってもらった。
遠山
八木くんと最初に会ったのって、2021年にあったGILLOCHINDOX☆GILLOCHINDAE(ギロチンドックス ギロチンディ/現代美術作家、以下ギロチン)主催のプロジェクト「獸(第0章 / 交叉時点)」の時だったっけ。
八木
そうだったと思います。「ライブと展示を一緒にやるのがユニーク」っていう現代美術の流れもあって、Prius Missile(電子音楽ユニット)、tamanaramen(オーディオビジュアルユニット)、JUMADIBA(ラッパー)、錯乱前線(ロックバンド)とか90年代後半生まれのアーティストやミュージシャンたちが集まったイベントでしたね。結構いろいろな人が見に来てくれました。
GILLOCHINDOX☆GILLOCHINDAE主催のプロジェクト「獸(第0章 / 交叉時点)」
写真提供:獸
遠山
そもそもギロチンとはどこで知り合ったの?
八木
芸大に入学した後に、芸大や美大の学生同士で集まったりして自然に知り合いました。
遠山
単純に友達だったんだ。
八木
そうですね。その後、しばらくして「獸」を立ち上げるからデザインをやってくれという話があったんですけど、結局やっていくうちにアートディレクションまでやるようになっていったという流れです。
八木さんがデザインを手がけた「獸(第1章/宝町団地)」Exhibition Box DM
Photo by Naoki Takehisa
遠山
八木くん自身も結構早くから活動してたイメージがあるけど。
八木
学部2年ぐらいからですかね。何歳か上の先輩たちの展示用のアートワークなどのデザインを色々やっていました。「なかなか同世代が出てこないな」と思っていた矢先に「獸」に誘われた感じです。
遠山
自分もギロチン経由で、八木くんたちも含めたあの世代の美大芸大まわりのコミュニティを知ったかな。最初は「AQNB」っていう、アート作品の紹介や評論、情報発信などを行っている、海外のオンラインプラットフォームがきっかけで。そこを見てたらいきなり多摩美の卒展に展示されてた作品が流れてきて、「マジ?」って驚いたのがギロチンだったんだよね。で、いくつか展示やイベントを見に行ったら、アートも音楽も映像もごちゃまぜのコミュニティがそこにはあった。
八木
「AQNB」からだったんですね。
遠山
そうそう。そこからCON_をオープンするにあたってディレクター的な立ち位置で一緒にコンセプトを考えたりしていく中で、少しずつ交流が増えていった感じかな。
遠山
でも「獸」に限らずだけど、八木くんたちはやっぱりインスタ以降の世代っていう感じがする。オレらの世代とかにありがちな「自分はデザイナーだから音楽はやらない」みたいなジャンルによる縛りがない。作品を制作して展示もするし、ライブも一緒にやる。表現活動としてそれが当たり前だよね、みたいな。
八木
それはありますね。あんまりジャンルの垣根はなくて、むしろ一緒にやった方が良いと思ってます。
遠山
たぶん、「ビジュアルコミュニケーション」への関心が共通の土台としてあるってことなのかな。うちに所属しているYaona Suiも、映像撮ったりモデルやったりしてるけど、「二つの専門性を跨いでる」って感じではない。どちらかというと「ビジュアル表現」っていうひとつの専門性を、そのつどいろんなメディウムで展開しているイメージ。
八木
逆に自分からすると、90年代前半生まれの世代って結構Twitter(X)っぽいなと思うんですよね。言語優位というか、文脈を操るのに長けている印象があって。自分たちがビジュアルが好きなのは、その反動という感じもします。
遠山
耳が痛い。実際、自分にないものだから新鮮に感じてるっていうのは間違いなくあるしね。
八木
ギロチンも自分も、美術なんだからまずはビジュアリティ一発で説得できなきゃいけないんじゃないかって発想なんだと思います。だから音楽との親和性も高いし、文脈や地域性による意味づけに対してのリアリティがない。物語やビジョンをどうビジュアルで見せるかということですかね。架空の現実を作り出してそれを見せる、みたいな方が面白いんじゃないか…とか。
遠山
言葉や理論じゃなくて「表現」というものをピュアにやる、それが自然だよね。近い話でいうと、僕が全ての事業を始めるきっかけになったラッパーのTohjiがよく「オレらで空気を変える」みたいなことを言ってて。ライブ会場にせよ業界や社会にせよ、とにかく「空気」を変えたいと。それはある種のピュアさや無知さと捉えられるかもしれないけど、実際それが僕らの思想の根底にあることによって、既存の文脈から出てこないものが出てきてる。
Tohjiのライブの様子
写真提供:CANTEEN
八木
たとえば、インスタに現代美術作品をひたすらまとめてるアカウントがあって、フォロワーも多かったりする。それも美術の文脈を踏まえたうえで評価されてるというよりは、単にビジュアル主体でフォロワーが増えていて。
今の学生の卒展とか観に行っても、「特定のロールモデルにみんなが影響を受ける」って感じが薄れているなと。リファレンスがとにかくバラバラで、それらを鑑賞する体験自体がインスタとかPinterestを見ている感覚に近いんです。たぶんその世代は「とにかく速く回転するタイムライン的なビジュアル」をずっと見てきたんだろうなって。
遠山
ビジュアリティとかイメージによる既存の文脈からの逸脱みたいなものが、ひとつの潮流になり得ると思っていて、自分たちはその新しさが力を失わないようにアーティストやクリエイターのサポートしてるから、そういう人や会社がもう少し増えるといいなと思う。
遠山
そもそもCON_を始めたのは、ギロチンや八木くんたちのコミュニティが持ってる想像力をいかに損わずに育んでいけるかっていうのがコアにある。
自分より若くて面白いアーティストたちが、今までの文脈とは異なる想像力でプロジェクトを立ち上げている。どうすればそれを既存の業界構造や商流に流されずに形にしていけるかっていうのを考えて、ギャラリーをやることにしたから。
八木
そういう順序だったんですね。
Photo by Ryo Yoshiya
写真提供:CON_
遠山
自分が見てきた平成の日本のカルチャーは、若くて才能ある人が出てきても、結局はどこかで業界にいかにアジャストするかって話になりがちで。「遊ぶように作り続ける」っていうことが構造的に難しい。そこには資本的な問題や流通の問題などいろんな問題があるんだけど、自分がヒップホップを良いなと思ったのは、比較的その構造から自由になりやすいから。
練習したり曲を作るにしても大掛かりな楽器や機材が必要ないからキャリアを始めるファイナンス的なリスクが小さい。だからスタート時点でレーベルや事務所が必要ない。ライブもまずはナイトクラブでマイク1本とUSBさえあればある程度のことはできるから、既存のライブハウスからスタートして武道館へみたいな寡占的な興行業界のプレイヤーと関わらなくてよい。
もちろんその規模が大きくなっていけば、それに準じて既存のプレイヤーの力を借りたり、それと同等の機能を自分たちでビジネスとして立ち上げていかないといけないんだけど、ビジュアリティ重視みたいな質の変化と、こういう業界構造の変化、両方が揃ってやっと文化が変わっていくというか。それをヒップホップ以外の領域でもやりたくて、八木くんたちのコミュニティと一緒に何かできないかと思ったんだよね。それも、余計な文脈がついてこない東側のエリアで。
遠山
八木くんはこれまでずっと自宅で制作してたんだよね。東京建物との取り組みで自分もここを知ったのだけれど、この「TOKYO IDEA EXCHANGE」を使ってみてどう?
八木
自由に遊んでいい箱があるのはありがたいですね。たとえ「最強のアイデア」を思いついても、設備や予算の都合で実現まではなかなか難しかったりする。外注などすると数十万円かかっちゃうようなことを、設備や機材の使い方さえわかればすぐにできる環境があるのは制作的にはかなり助かります。
遠山
本当は、デベロッパーももっと開発前の遊休資産とかをどんどん貸してくれてもいいのになと思うよね。使わせてくださいって打診すると、途端に「ある程度名前の知られたアーティストじゃないと社内稟議通らなくて……」って話になっちゃう。
さっきの業界構造の話と同じになっちゃうけど、そういう時に「こういう面白いアーティストいるんで貸してあげてください」って繋げられるもっと権威的な存在に僕がならないとな…と思いますね。じゃないと、いつまでも「おじさん」にしか仕事が集まらない。
八木
一度売れれば設備も整うので、その分クオリティもあがる。一度売れないと始まらないっていうジレンマがあります。
遠山
去年からここで制作するようになって街の印象とかはどう?
八木
うーん、やっぱり生まれ育った東京の西側とは全然違うなって思いますね。深夜まで作業してちょっと外に出ると、本当に誰もいないんですよ。昼はオフィス街で、あんなに人がいるのに。それにオフィス街だから街には当然ビジネスマンが多いので、この街で一番ボロボロの服着てるのは僕なんじゃないかと思います(笑)。
遠山
この周辺にはギャラリーも充実してるけど見に行ったりは?
八木
たまに行きますね。環境として面白いなと思っていて、美大や芸大の学生が展示するような画廊もあればメゾンやマーケットで取引されてる人じゃないと展示できないようなギャラリーもあって。アーティストの一生がこの範囲で凝縮されてるような感じがして、色々考えちゃいますね(笑)。
遠山
たしかに美術的にはいかにも「発表の場」って感じだけど、そこに小さい規模でも隙間的に「制作の場」があるのは面白いよね。
八木
夜遅くまで制作していることもあるんですけど、夜中は本当に誰も歩いてなくて、「荒廃した街」みたいな雰囲気になるんですよね。その昼と夜のギャップが不思議な感じです。それに、すぐそこの中央通りとかは、それこそリールっぽいですよ。ハイブランドからローファイなスポットまでが一本の道で色々あって、文脈がぐちゃぐちゃになっていて。
遠山
東京の西側との違いでいうと、渋谷とかは良くも悪くも職住近接というか。すぐ近くに住宅街があって。生活の場の延長にハレの場がある感じだよね。でも、京橋のこの辺はオフィスビルや商業施設はたくさんあるけど、その周りに人が住んでないない。だから良い意味で隙間があるというか、ほとんど使われてない雑居ビルとかも結構見かける。
八木
渋谷あたりはひとつのエリアで全部完結してますよね。
遠山
そうそう。消費者としては便利かもしれないけど、都市空間としては抽象的な意味でも現実的な意味でも隙間がなさすぎるよね。「遊べる」土地や空間が全然ない。逆にこの辺はまだ完全に資本が支配しきれてないことで、街を所有してたり運用している人の顔が見えるから「人間的なコミュニケーションが生じた結果、なぜかお金がないアーティストでも場所を借りられた」みたいなことが起きうるなと。
実際僕らのギャラリーも物件の所有者と密な人間関係が作れたことの上に成り立ってるし、そういう点から見れば東側の方がよっぽど可能性があるように感じる。
八木
歴史のあるエリアだと思いますけど、その歴史が押しつけられている感じがあまりしないのもいいですね。さっきの話じゃないですけど、この土地の文脈をあまり気にせずにいられる空気があるなと。理由なく居てもいい場所というか。
遠山
そうだね。何かを始めるのには適したエリアなのかなと。
八木
自分もひとまず、5月の個展に向けて作品制作を頑張ります…!
撮影/川しまゆうこ
ギンザ・グラフィック・ギャラリー第 402 回企画展
八木幣二郎 NOHIN: The Innovative Printing Company
新しい印刷技術で超色域社会を支えるノーヒンです
開催日程:2024年5月24日(金)〜7月10日(水)
会場:ギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)東京都中央区銀座 7-7-2 DNP 銀座ビル 1F/B1
開催時間:11:00〜19:00
料金:無料
松本友也
ライター
ビジネスとファンカルチャーの間を行き来するフリーランスの編集ライター。主な実績に『アイドルについて葛藤しながら考えてみた ジェンダー/パーソナリティ/〈推し〉』(寄稿:青弓社、2022年)、『アイドル・スタディーズ 研究のための視点、問い、方法』(寄稿:明石書店、2022年)、連載「K-POPから生まれる「物語」」(CINRA)など。