隔月刊誌・オズマガジンは、〈顔をあげて街を歩けば、小さな幸せあちこちに。〉をコンセプトに、毎号“いい1日”のための街歩き情報をお届けしています。本連載では、日々小さな幸せを探し歩くオズマガジン編集長が、長年事務所を構えるホームタウンの八重洲・日本橋・京橋で見つけた『小さな幸せ』について綴ります。

“小さな幸せ”を感じる瞬間は、人によって違う。
とびきりおいしいフレンチのコースにそれを感じる人もいれば、雲が犬の形だったとか、そんなことに嬉しくなる人もいる。
私で言えば、古いものや人にめっぽう弱い。自分の知らない時代を生きてきた年上の方々はそれだけで尊敬(羨望?)に値するし、先人の思想や技術を感じられる建築や、時代を感じる丁寧なてしごと、小さな紙きれにいたるまで、眺めるだけで惚れ惚れしてしまう。
2018年頃だったか、ある日京橋をふらふらと歩いていたら、古いビルに雰囲気のよさそうな店を見つけた。少し建物のなかを覗き込んでみると、そこにあったのは手動式のエレベーター。骨董通りと呼ばれる京橋~日本橋の骨董・古美術商が集まるエリアには古いものがたくさんあるが、手動式のエレベーターは初めて見た。うずうずしてひとり重い扉をあけ、そのエレベーターで最上階にあるその店へ向かった。



百貨店のような二重の手動扉をあけて乗るエレベーター
エレベーター最上階からさらに階段でひとつ上の階へ。そこに広がっていたのは、まるでフランスにある小屋のような空間の「Mindbenders&Classics」。たくさんのヴィンテージ服や古い小物の奥に、やさしく声をかけてくれる店主・横見さんがいた。当時ふらっと訪れた自分にも丁寧にフランスの手仕事について話をしてくれて、とても心地よかった記憶がある。今回連載で小さな幸せを綴るにあたり、改めて来年20周年を迎える同店へ向かった。


階段をのぼると別世界が広がる
「Mindbenders&Classics」を営むのは、横見浩士さん・沙代子さんご夫妻。沙代子さんが旅行で訪れた、ロンドンのポートベロー・アンティーク・マーケットでその素敵さに衝撃を受け、ここで働きたいと思ったのがすべての始まりだそう。

ご店主の横見沙代子さん
「働き口も決まっていなかったのですが、とにかくここが好きだと思って、とりあえずロンドンに行ったんです。現地のマーケットで直接、履歴書をいっぱい出しました」
そう言いながら、ふふふと笑う沙代子さん。目の前にいる朗らかな彼女からは想像できないような大胆な行動を、落ち着いた口調で語る。約2年間、ポートベロー・アンティーク・マーケットのディーラーのもとで修行を積むあいだに、音楽好きの浩士さんと現地の語学学校で出会った。そして帰国して店を開くために、現地で商品を集めたという。


「イギリスでは昔から蚤の市が日常にあります。日本の気候とちがってヨーロッパは湿気も少ないから、古い服も残りやすくて。曾祖母から受け継いだものを、若い子が販売していたりするんですよ、“ひいおばあちゃんのものだから、1900年代前半だ”なんて言いながら。環境はもちろん、その文化がとても魅力的ですよね。そんなマーケットを巡り、帰国前にたくさん買い付けを行いました」


帰国後お店を開くためにご夫妻が最初に物件を探したのは、東京の西側だった。服のショップが多いエリアとして代官山などでも探していたが、なかなかご縁がない。そんな日々に、このビルの紹介があったそう。
「最初見たときからエレベーターがね、本当に気に入っちゃって(笑)。1960年代に建てられたビルでこの手動式エレベーターがあって、最上階のこの雰囲気。ワーカーが多いこの土地に?ってよく言われるんですけど、このエレベーターに惚れ込んじゃったんです」

なぜ京橋に同店があるのかずっと不思議に思っていたが、その理由はいたってシンプルだった。さすが、ここで働きたいという気持ちだけでロンドンに住み始めてしまった沙代子さん。エレベーターが好きという気持ちは、ワーカーの多いこの街での出店理由に十分だった。


テントのもとにたくさんの服が並ぶ、半分外の空間
現在「Mindbenders&Classics」に並ぶのは、フランスで年に2~3回、仲のいい人をたどりながら買い付けてくるもの。1900~1930年代のものが多く、古くは18世紀、新しくても1960年頃50~100年前までの生活着や仕事着だ。

「最初はロンドンのマーケットなどで、アンティークのものを集めていたんです。だけど、だんだんフランスの地方に眠るものに関心が移っていきました。田舎の納屋の奥から発掘されたシミのある仕事着も、本当に無駄のないデザインで。20年以上前は今ほどヨーロッパのアンティークやヴィンテージものを求める人がいなかったのですが、最近は需要と供給のバランスがとれていないくらい人気。集めるのも大変ですね」


繊細なつけ襟や、昔フランスで刺繍の練習がなされていた布
天井から吊るされたつけ襟やレースが、ふわりとなびく。店内は足元から天井まで、ときめきが尽きない。フランスの古い時代に生きた人々の繊細な手仕事から、一つひとつのものと向きあう丁寧な姿勢や、それを受け継ぐ精神を感じる。
「実際に大切に着られてきたってわかりますよね。驚くほど細い糸を使い手縫いで繕われているレースなど、当時の人の技術力の高さがうかがえます。刺繍の練習をされている布もたくさん残っていて。時間をかけてものを大切にする、自分の子へ受け継ぐ、そんな心を感じられるものが美しくて好きです」


よく見ると細い糸で繕われているレースのスカーフやコットンのスカート
「Mindbenders&Classics」に入ると、まずたくさんの古いものに心が跳ねる。端から順に商品を見ていきたくなる。だけど一つずつの商品を見れば見るほど、そこに宿る歴史や、ひとつのものを大切に使い続ける姿勢に感動を覚える。
そして話を聞けば聞くほど、それぞれのアイテムはもちろん、沙代子さんの魅力も感じられる。自分が好きなものか、自分の心が動くものか。沙代子さんは、生き方や目線がとてもシンプルだ。


取材中に素敵なコルセットカバーを発見。こっそり値段を確認したのがバレた
「最初はエレベーターを気に入って京橋での出店を決めましたが、2007年のオープン以来震災やコロナも乗り越えて、なんだかんだ19年やってこれました。最近はSNSで調べてこの店をめざして古いもの好きな方がいらっしゃったり、おかげさまでリピーターのお客様も。海外の方も増えましたね」


素敵なレースのブラウスの造りを丁寧に説明してくれた
オフィス街だけど、古いものが多いこのエリアを気に入っているという沙代子さん。20年目からの目標を聞くと、「このまま、今を変わらずに続けていきたいですね。扱うものもこの場所も、やっぱり好きだから。好きなものを見つけて、届けて。この素敵なエレベーターがなくならない限り、この場所で」と笑った。

好きなものに囲まれたレジ。沙代子さんにはこの場所が似合う
自分は常々、人生は短いと感じている。歳を重ねるほどしたいことは増えていくのに、生きるためにやらなければならないことも尽きない。知れば知るほどどんな世界もおもしろいのに、一度の人生で味わえるのはごくわずかだ。

きっと、今の時代は知る手段が多すぎる。技術の進化が人間の生物的進化速度を追い越していて、とうてい間に合っていないように思う。特に自分は激しく置いていかれている気がする。針に細い糸を通し、時間をかけてレースを縫っているほうが合う性分なのに、新しいことを知ること、経験することが好きだから厄介だ。

リアルにお買い物しました
日々に忙殺されていると、自分が本当は何をしたいのかわからなくなる。地に足をつけていないような、生き心地がずっとふわふわしている。そしてそれは、時に猛烈な不安を運んでくる。
だけど、自分の働く街には幸いにもこんなに潔い場所がある。忙しないワーカーやインバウンド観光客があふれる京橋のど真ん中にある「Mindbenders&Classics」が、自分の“好き”という指針を忘れずにいたいと思わせてくれる。好きなものに向き合い続けること、その大事さを思い出させてくれる。

人生は短いからこそ、本当に好きなものを見つめ味わう時間を、少しでも増やしたい。日々に息苦しくなったら、タスクが多すぎて疲れたら、未来に迷ったら、ここへ訪れたい。100年前のフランスで生きるような、シンプルな選択を続ける横見さんが営むこの店へ、まるでタイムマシンのような古いエレベーターにのって。
撮影/嶋崎征弘
原稿/久万田萌
Mindbenders&Classics
住所:東京都中央区京橋2-6-8 仲通りビル6F
営業時間:14 :00〜17:00(土は~18:00)
定休日:火・水
2024年4月より、スターツ出版『OZmagazine(オズマガジン)』編集長。「顔をあげて街を歩けば、小さな幸せがあちこちに」をメッセージに、カフェやパン、雑貨などを切り口に、その街ならではの魅力を発掘する”さんぽのプロ”。自称・パンと文具のマニア。(アイコン写真 撮影:那須野友暉)
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