YNKs小さな幸せ手帖vol.1_「アロマ珈琲」のピザトーストと、関西弁

2026.06.25

隔月刊誌・オズマガジンは、〈顔をあげて街を歩けば、小さな幸せあちこちに。〉をコンセプトに、毎号“いい1日”のための街歩き情報をお届けしています。本連載では、日々小さな幸せを探し歩くオズマガジン編集長が、長年事務所を構えるホームタウンの八重洲・日本橋・京橋で見つけた『小さな幸せ』について綴ります。

『オズマガジン』というおでかけ雑誌に、YNKエリアで勤務しながら15年以上向き合っている。関西から上京後この出版社に就職して以来、事務所のある京橋に居る時間は、自分の家に居る時間より圧倒的に長い。早朝のゴミ収集車も、ランチ時間にあふれるワーカーも、夜の飲み会終わりの集団も、深夜にスーツケースを持って歩く外国人も、自分にとってはお馴染みの光景である。もはやホームだ。

 

つい先週も、深夜に「アーティゾン美術館」の前にあるアート作品が煌々と輝いていて、午前様のパブリックアートも小さな幸せだなぁなどと思いながら中央通りでぼんやり突っ立っていた。“小さな幸せ”は、身近にあるのにすぐ見落としてしまう。あるいは、視界の外側にあって見逃してしまう。スマートフォンを手に持ち、下を向き画面を見ながら歩いていては、せっかく車の中で可愛い犬がこっちを向いていようとも、あじさいが道端で満開になろうとも、気づくことはできない。

 

手元のスマホを見ながら目的地までの最短距離を行くのではなく、顔を上げて景色を味わうこと。道端の偶然の出会いを楽しむこと。日常のあわいを感じ、小さな幸せを見つけること。そうした日々が積み重なり、いい1日、ひいては豊かな人生へと繋がるのではないか。オズマガジンは、そんなことを考えながら作っている。

 

さて、そうした心持ちで生きている自分が、ホームタウンであるこのエリアを舞台に“小さな幸せ”を語るというのは、すなわち自分がどんな風にこの街で過ごし、何に小さな幸せを感じたのかを綴るということ。思ったよりも赤裸々でパーソナルな連載になりそうだと、書き始めて気づいた。この文章を読んでくださっている方がいれば、「オズマガジンの編集長が何か自分語りしているな」くらいに捉えていただけたら嬉しい。

  • 中央通り沿いの花壇。各花壇ごとに花奉行と水奉行がおり、定期的に花が植え変わるのが通勤中の癒やし

  • 編集部事務所からいちばん近いヤエチカ(八重洲地下街)の出口。一体何度この階段を上ったのだろう

16年前、この街で勤務するようになって最初にぶつかった壁は「関西弁」だった。京橋駅から事務所へ戻る道すがら、営業同行いただいた先輩に「京橋のイントネーションが違うね、それは大阪の京橋だよ」と言われたのが、自分の関西弁を意識するようになったきっかけだ。

 

入社時の配属先は『オズマガジン』の広告営業部署。数字目標を持ちながら編集部に代わりクライアントへオズマガジンの魅力を話す役割だったが、二子玉川特集を「にこたまがわとくしゅう」と言うくらいには、当時の自分は東京について無知であった。そんな自分の東京偏差値の低さに途方にくれ、せめて関西弁を封じて会話の説得力が少しでも増すようにと、標準語の習得を決意した。ひとり暮らしの6畳1間で全身鏡を前に正座し、雑誌を相手に見せながら標準語で話す訓練の日々が半年ほど続いた。

  • ほぼ毎日通るヤエチカ

標準語が板についてきたころには業務も忙しくなり、ランチはいつも営業アポイント前後にヤエチカ(八重洲地下街)へもぐってサクっと食べることが多くなった。そのころ出会ったのが、「アロマ珈琲」である。

 

ヤエチカは1965年に開業し、その後お店を増やしながら60年以上にわたり近隣ワーカーの胃袋を支えているYNKsの台所。私も何店舗もお気に入りがあるが、なかでも「アロマ珈琲」は“小さな幸せ”を感じる瞬間が多い。

いろんな店のランチオーダー時間が終わってしまった日や、なんだか社内に居るのが息苦しくなったときなど、よくこの「アロマ珈琲」へ逃げ込む。標準語で話している自分が自分でないように感じていた若手時代は、ここでスーツの男性と肩を並べて座りサイフォンコーヒーを飲みながら、自分が社会人になったことを実感していた。この店は常連客がとても多く、いつも老若男女問わず近隣関係者やワーカーであふれている。

 

地下にあるのにさらに半地下のような造りの店内からは、地下街を歩く人々の足元を眺めることができ、さながら秘密基地のようだ。開業は、ヤエチカの第二期開業年である1969年。50年以上の歴史があり、机や椅子、窓辺や棚に並ぶものなど、随所から時の流れを感じる。すみっこの席が空いていたら、いつもそこに座ってしまう。

今回直接お話を伺ったのは、二代目のオーナー。オーナーによると、本当は1969年創業なのに、看板などに“1970年創業”と書いてしまったそう。この記事にどう書くか問うと、「どっちがいいですかね?」と逆に聞かれて笑ってしまった。コーヒーのメニューは常時12種類。モカから順に、豆の種類を早口ですべて読み上げながら教えてくれた。

 

創業時からアルコールランプでのサイフォン抽出にこだわり、「おかわりください」とスタッフの方に伝えると、席まで淹れに来てくれる(ブレンド注文時のみ、1杯だけおかわりOK)。「物価高で利益が減るばかりですよ」とオーナーは話していたが、そんな昨今でも常連の信頼を裏切らないコーヒーの提供姿勢は、企業努力の賜物である。

  • 目の前でおかわりを注いでくれる

私の定番メニューは、ピザトーストとアロマブレンド。しっかりとした苦味がありながら後味すっきりのコーヒーは、どんな1日にも寄り添ってくれる。そして、お腹がすいている日は一緒にピザトーストを注文するのがお決まりだ。

ピザトーストは、思ったより大きなバスケットで席までやってくる。ジャンボピザトーストと呼びたいくらい、いい意味で私には大きい。ふわふわの食パンは、有名レストランやホテルなど数千の取引先へパンを卸す老舗会社のものだそうで、何度食べても飽きない安定感があるのはそれ故かと納得した。

トーストの上にはトマトなどの具材がずっしり、かじりつくとチーズがとろりと伸びる。そしてピザソースと絡みあい、おいしさで思わずにやけてしまう。食パンが分厚いので生地自体の甘さを感じやすく、その甘さと素朴なソースの味のバランスが絶妙なのだ。「ピザトーストは、たぶん創業時代からありますねえ。僕のいちばん古い記憶ですでにあったから」とオーナー。歴史は彼の記憶のなかにある。

  • ピザトースト950円、アロマブレンド600円。ピザトーストはデザート付き

さて、この店と“小さな幸せ”を語る上で無視できないのが、壁面にいる琥珀色に褪せた紙のひよこだ。さまざまな表情をしたひよこが、あちこちから店内を見ている。訪れるたびに気になっていたが、なんせこの色、結構大人のひよこに違いない。今回の取材で絶対に聞きたいことが、このひよこについてだった。

「壁のひよこ?はは、忘れちゃったなあ」

 

あっけらかんと笑うオーナー。なんと、彼の記憶になければ歴史にないのに…。そう思いつつ食い下がると、「あれは、、うーん、確かモーニングにゆで玉子をつけ始めたときだね。そのときのスタッフが描いて貼ったんじゃないかな」と教えてくれた。確かに、ひよこ全員に“ゆで玉子80YEN”と書かれている。

 

そう、この店はモーニングも人気なのだ。オープンからお昼の12時まで提供しており、ブレンドを頼むとプラス100円で、トーストとジャム・バター・あんこ、ゆで卵がセットになる。東京駅ユーザーは、モーニングの店として認識している人もいるかもしれない。このモーニングサービスは創業当初から、ゆで玉子ももう数十年前から提供していると話してくれたオーナー。なるほど、それはひよこではなくひよこ先輩と呼ぶべきかもしれない。

  • 店内のいたるところに現在働くスタッフの手描きイラストも。組織風土は変わっていないよう

二代目オーナーにとってはどうやらイチ貼り紙であったひよこだが、今回の取材でその生まれを知れたことは大きな収穫だった。私にとってひよこ先輩は、そのおとぼけ顔でいつも心をゆるめてくれる、“小さな幸せ”そのものだ。

 

今はもう、標準語を話す自分に違和感は感じないし、東京のおでかけ雑誌の編集長としてクライアントと話せるくらいには、東京偏差値もそれなりに高くなってきた。アロマ以外にも、このYNKsエリアにずいぶん行きつけができたと思う。だが、いまだに少し息苦しくなったときには、アロマへ行く。“小さな幸せ”は、人によって形も違えば大きさも違うが、私の小さな幸せはいつも「アロマ珈琲」にあるからだ。

そんなアロマに、一昨年両親を連れて行った。ふたりが東京へ来た際、私がお気に入りと話していたアロマへ行ってみたいと母が言ったのだ。平日だったが、一緒にランチすることにした。

 

父と母は、昔も今も喫茶店によく出かけている。純喫茶と呼ばれる老舗たちの当時を知っていることを、少しうらやましく思ったりもする。たくさんコーヒーを飲んできたふたりに、行きつけとしてホームタウンの店を紹介するのは少し照れくさかった。

 

その日はとても忙しく、午前中も嵐のように過ぎていった。そんな日はたいてい自席でパンをつまみながら仕事に向き合うが、「ヤエチカに着いた」と母からメッセージが届いたため、急ぎ足でアロマへ向かった。忙しいだろうから無理せずにと言われたが、会えるなら会っておこうと自分が思ったのだ。

 

平日のヤエチカに両親がいるなんて、なんだか現実感のない光景だった。なんなら、「アロマ珈琲」は自分ひとりの居場所で、誰かと一緒に行くのも初めてだった。両親とアロマへ入り、私がいつものようにピザトーストとコーヒーを注文すると、親も同じものを頼んだ。母親はキョロキョロしながら嬉しそうな顔をしていた。そして、「いつもここに来てるんやね」と言った。コーヒーがサーブされると、父が一口飲んで「おお、なかなかおいしいな」と目を細めた。父の言う“なかなか”は、高得点だということだ。

 

実家のような店内の暖かい光に包まれながら、私はピザをほおばり、少し自慢げに「な、そうやんな」と笑った。

◆今日のYNKsさんぽ

八重洲通りの中央分離帯にはオランダ製の鐘があります。これは『平和の鐘』と言い、中央区の平和都市宣言一周年を記念して建てられたそう。社内に居るとこの鐘の音がよく聴こえ、朝から晩まで毎正時を知らせてくれます。季節によって少し曲が変わりますが、「陽は昇りまた沈む(Sunrise Sunset)」が特に好きで、鐘が鳴るといつも頭に音階が浮かびます。この音をきっかけに、ブロードウェイ・ミュージカル『屋根の上のヴァイオリン弾き』を知りました。

 

撮影/那須野友暉

原稿/久万田萌

  • アロマ珈琲

    住所:東京都中央区八重洲2-1 八重洲地下街中4号

    営業時間:7:00〜21:15LO(土は7:00~20:45LO、日・祝は7:30〜20:45LO)

    定休日:なし

  • OZmagazine久万田萌

    編集者。2024年4月より、スターツ出版の「OZmagazine(オズマガジン)」の編集長。“顔をあげて街を歩けば、小さな幸せあちこちに”をメッセージに、カフェやパン、雑貨などの町歩きから、その町の魅力を発掘するさんぽのプロ。自称、パンと文具マニア。

    WEB:オズマガジン公式WEB
    Instagram:@ozmagazine_editors

OZmagazine久万田萌
編集者

2024年4月より、スターツ出版の「OZmagazine(オズマガジン)」の編集長。“顔をあげて街を歩けば、小さな幸せあちこちに”をメッセージに、カフェやパン、雑貨などの町歩きから、その町の魅力を発掘するさんぽのプロ。自称、パンと文具マニア。(アイコン写真 撮影:那須野友暉)

 

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