アメリカ人観光客がわざわざ食べに来る「日本橋フィリー」フィリーチーズステーキ。本場の味を完全再現した味はフィラデルフィア出身ジャーナリストをも唸らせた

2025.09.25

どこか庶民的な風情が漂う八重洲・日本橋・京橋エリアは、仕事やプライベートの枠を超え、人と人とがつながり合うまち。つながる彼らの対談シリーズ。

\今回話を聞いたのは/

  • 日本橋フィリー オーナー

    中條好亮さん

    日本橋で生まれ育ち、高校・大学時代はラグビー選手として活躍。広告代理店勤務を経て2011年、地元である日本橋にアメリカ料理を提供するダイニングバー「日本橋フィリー」を妻とともにオープン。フィラデルフィアで本場の味を研究したフィリーチーズステーキが話題となり、連日アメリカ人、特にフィラデルフィア出身者が集まる店となっている。2025年5月、フィラデルフィア市議会で正式にアンバサダー(観光大使)に任命された。

  • ジャーナリスト

    ダン・オロウィッツさん

    アメリカ・フィラデルフィア市出身。2006年に来日し、記者としてサッカーニュースサイトや英字新聞「The Japan Times」などに勤務。フリーランスに転向後も、サッカーを中心に日本のスポーツを世界に発信するジャーナリストやコンサルタントとして活躍中。2023年「日本橋フィリー」を初めて訪れ、フィリーチーズステーキのあまりの再現性の高さに驚愕。SNSに投稿したことで、地元フィラデルフィアの人々に「日本橋フィリー」の情報が広まるきっかけを作った。

「日本橋フィリ―」はアメリカンな料理を提供するダイニングバーだ。このお店が遠く海を越えたフィラデルフィアで大きな話題を巻き起こし、多くの外国人、特にアメリカ人が訪れる大人気スポットに発展している。フィラデルフィアの伝説的なミュージシャンがやってくることもあるという。個性的なお店の多い日本橋でも、ひときわ異彩を放っているのだ。

すべては、この店のオーナー中條好亮さんとフィラデルフィア出身で日本在住のジャーナリスト、ダン・オロウィッツさんの出会いによって始まった物語だ。

日本橋とフィラデルフィア、歴史ある2つのまちの共通点

  • 中條

    このお店をオープンしたのは2011年で、名前は「フィリー」と決めていたんだ。ぼくはフィラデルフィアの音楽、特にフィラデルフィアのソウルミュージックが大好きで、フィラデルフィアというまちを愛していたから。それと、生まれも育ちも日本橋で、長いこと日本橋を見てきたけど、日本橋とフィラデルフィアには共通点が多いなと感じるのも理由のひとつなんだよ。

  • ダン

    日本橋もフィラデルフィアも長い歴史を持つまちで、自分たちの歴史や文化をとても大事にしてるよね。

  • 中條

    日本橋は日本で初めて銀行や地下鉄が生まれたまちで、フィラデルフィアはアメリカの独立宣言が行われたまち。それぞれ、日本の原点、アメリカの原点だと感じるね。街の雰囲気も似てるよ。たとえば、ぼくが子どものころは、仲通りに味噌や醤油を売る店、乾物屋さん、肉屋や魚屋など個人商店が軒を連ねていて、とても賑やかな風景が記憶に残っている。フィラデルフィアに行ったとき、すごく似てるなって思って懐かしい気持ちになったんだ。

     

    それに、何代にもわたってこのまちに住んでいる人も多くて、みんなこのまちに誇りを持っている。仲間意識も強くて、ご近所同士仲がいいんだよ。道で会うと、気軽に「おう!」なんて挨拶をするところも共通点だなと思ったよ。

  • ダン

    まさにフィラデルフィアのサウスストリートみたいだよね。日本橋はいろんな人やカルチャーが混ざり合っているまちだから、フィラデルフィアからやって来たぼくも、すぐにこの場所になじめたんだと思う。

  • 中條

    フィラデルフィアの名物料理と言えば、今やうちの人気メニューにもなっているフィリーチーズステーキ。早いうちからメニューにのせてたけど、本場フィラデルフィアの味に近づけようとしても、なかなかうまくいかなくてね。ステーキと言っても見た目はサンドイッチで、スライスしたステーキ肉をチョップして、たっぷりの溶かしたチーズとともにパンに挟んで食べる、日本人にはあまり馴染みのない料理だから正解がわからず試行錯誤したんだ。最初のころ、アメリカ人に「美味しいけど、これはチーズステーキじゃない」って何度も言われたよ。

  • ダン

    チーズステーキはフィラデルフィアの日常的な食べ物。フードトラック、チェーン店、こだわりのお店、ちょっとした高級店まで、地元の中でもいろんな味があるしね。

  • 中條

    そんな中、コロナ禍になって、思うように営業できなくなったから、思い切ってお店を休んで1カ月ほどチーズステーキを研究するためにフィラデルフィアに滞在したんだよ。本場の味を体得しようととにかく食べまくった。その旅も含めて4回くらい現地に足を運んで、100店以上は食べ歩いたね。そのぐらい食べると、自分の中に少しずつチーズステーキの持論ができてくるんだ。特にパンの品質はチーズステーキの要だと思ったね。

  • ダン

    日本橋フィリ―ではお店でパンを焼いてるよね。そんなのフィラデルフィアでも珍しいよ。有名なチーズステーキ屋さんでも、パンはパン屋さんから買うことが多いから。

  • 中條

    店で焼いてる理由はすごく単純、誰も作ってくれなかったから(笑)。30軒くらいパン屋さんに相談したけど全部断られて、結局、妻が毎日パンを焼くことになった。パンが美味しくなかったら、チーズステーキも美味しくないから妥協はできない。うな丼を食べてもご飯がまずかったら台無しなのと同じことなんだよね。

日本で唯一「本物」と感じた日本橋フィリーのフィリーチーズステーキ

  • 中條

    そうやって試行錯誤しているうちに、徐々に、「これなら出せる!」というチーズステーキが作れるようになってきた。でも、アメリカ人、特にフィラデルフィア人に味を認めてもらえるかどうか確かめたくて、「フィラデルフィア人の友達がいたら連れてきて!」と、ほうぼうにお願いしまくった。

  • ダン

    ぼくが初めてここを訪れたのがちょうどそのころ。2023年7月、当時新聞記者だったぼくは、同僚から「日本橋フィリー」というチーズステーキを出す店があると聞いたんだ。正直、日本で美味しいチーズステーキを食べたことがなかったから、あまり大きな期待も持たずに来たんだよ(笑)。

  • 中條

    でも、来てくれて、食べてくれたんだよね。

  • ダン

    食べた瞬間、「ああ、本物の味だ」と感動した。久々に食べる本物のチーズステーキの味は強烈だったよ。だからすぐに「世界中が知るべきお店」とツイートしたんだ。

    そうしたら、そのツイートをキャッチした地元新聞「フィラデルフィア・インクワイアラー」紙の記者からぼくに連絡が入った。翌日には、ぼくが撮った写真付きで日本橋フィリーの紹介記事がリリースされた。SNSでも投稿されてそれがバズっちゃったんだよね。最終的には表示回数が1億以上になったんじゃないかと言う人もいたよ。

  • 中條

    そのきっかけを作ってくれたダンは神様みたいな存在。記事では、チーズステーキを作り始めた背景も含めて、ぼくら夫婦がフィラデルフィアをリスペクトしてると伝えてくれてた。うれしかったな。

  • ダン

    「写真だけでも本物のチーズステーキだと判断できる」とも書かれてたよね。フィラデルフィア人として、ぼくもうれしかったよ。でも、「どうしてそこまでがんばってくれるのかな?」と不思議にも思えた。

  • 中條

    答えは簡単だよ。音楽を含めてフィラデルフィアのカルチャーが好きだからさ。だから、フィラデルフィアのチーズステーキを再現したいんだ。

  • ダン

    再現と言えば、チーズステーキだけじゃなくて、お店の雰囲気もこの数年でフィラデルフィアそのものになってきたよね。フィラデルフィアはスポーツを愛する街で、特にフットボールと野球が大人気。お店もそんな雰囲気にあふれてるよね。

フィラデルフィア人が続々と来店!伝説のミュージシャンもやって来た

  • 中條

    ダンのツイートやフィラデルフィア・インクワイアラー紙の記事が出たあたりから、少しずつ確実に、外国人、特にアメリカ人のお客さんが増えてきたんだ。それが店内の変化に影響していると思う。ある日なんて、なんとお客さん60人中50人がフィラデルフィア人、8人がフィラデルフィア以外の外国人、2人が日本人という内訳だった。

    あるフィラデルフィア人なんて、真冬の寒いなか、ジャケットを脱いだらフィラデルフィア・イーグルスのTシャツとジャージーを着ててさ。「おう、フィラデルフィアから来たぜ!」って店にば~んと入ってくるんだ。ぼくと妻はその光景を見て、「うれしすぎる!」って心の底から思ったよ。

  • ダン

    そのフィラデルフィアの人たちが、おみやげとしてフィラデルフィアグッズを店に置いていってくれるんだよね。ぼくはボブルヘッド(人形)を、ぼくの友達はフリスビーをここに置いてる。そのフリスビーはフィラデルフィアにあるプロのアルティメットチーム(フリスビーを使った団体競技)のもの。日本に住んでるぼくらフィラデルフィア人は、そうしょっちゅう帰省できない。だけど、ここに来れば里帰りした気分になれるんだ。

  • 中條

    フィリ―ではフィラデルフィアの地ビールも出してるし、フィラデルフィアでしか買えないグラスやカップも揃ってるよ。例えば、フィラデルフィアには5大スポーツのチームが全部ある、だからすべてのチームのパイントグラスや、Philliesのスタジアム・カップとかね。大好きなのはSEPTAのパイントグラス。割らないように細心の注意を払って使っているんだ。

  • ダン

    以前は真っ白だった壁も、今じゃお客さんからのサインや記念の一筆で埋め尽くされてるよね。

  • 中條

    フィラデルフィアの有名なミュージシャンやスポーツ選手も来てくれてね。グラミー賞を取ったこともあるバンドのドラマーとかジャズミュージシャンとか。

  • ダン

    そんな有名人たちと、いったいどんな会話をしたの?

  • 中條

    有名人かどうかにかかわらず、みんなから聞かれるのは、「なんで名前がフィリ―なの?どうして東京でチーズステーキ作ってんの?」ということ。そこから音楽やスポーツの話に発展していくんだ。こちらから逆に「なんでうちに来てくれたの?」って聞くこともあるよ。

  • ダン

    多くのフィラデルフィア人がフィリ―を知ってる理由のひとつは、フィラデルフィアのチーズステーキ屋さんがフィリ―をすすめてくれていることなんだよね。「東京へ行くなら絶対に日本橋フィリ―という店に行くべき」だとね。

  • 中條

    ありがたいことだよね。

フィラデルフィア市議会で正式なアンバサダーに任命、情報番組への生出演も

  • ダン

    フィラデルフィア人は、これほど真剣にチーズステーキ作りに取り組む日本人がいるなんて思わない。だから、さすが丁寧なものづくりで知られる日本人だな、と多くの人が思ってるよ。

  • 中條

    何度も言うけど、ぼくはフィラデルフィアを再現したいんだ。チーズステーキもお店の雰囲気もね。店で流している音楽も、フィラデルフィア出身のグラフィティーアーティストESPOから紹介してもらったDJの選曲から、毎日ぼくが選んでかけてるんだよ。

  • ダン

    すごくリアルにフィラデルフィアになってきてると思う。日本橋フィリ―は今じゃ、ぼくの実家みたいに感じてるよ。生まれ故郷にあまり帰れなくても、ここに来れば実家にいるみたいな安心感を味わえるんだ。そう思ってるのはぼくだけじゃない。

    ぼくの友達もここのチーズステーキを食べて、故郷を思い出して泣いちゃったこともあるんだよ。生まれ育った地元の味がどれだけ大事か分かるよね。ぼくは日本に来てから19年も経つけれど、ここに来るたびに故郷との絆がますます強くなるような気がするよ。

  • 中條

    そんなふうに思ってくれて嬉しいよ。

    今年5月にフィラデルフィアで、フィリーチーズステーキを販売するポップアップを開いたんだ。フィッシュタウンっていう、日本の下北沢や吉祥寺みたいなおしゃれな街でね。妻がパンを350本焼いたんだけど、結果1000人ぐらいの長蛇の列ができて、待ってる人のためにアイスクリームトラックまで集まってきて。想像をはるかに超えた反響があって正直驚いたんだ。残念ながらすべての人に作ってあげることができなかったのをいまでも悔やんでいるよ。

  • ダン

    その長蛇の列には、ぼくの先輩や過去に日本橋フィリ―を訪れた人も並んでた。SNSでも「日本人のチーズステーキ屋さんのおかげですごく面白いことが起こってる!」みたいな投稿がたくさん上がって、すごく盛り上がったよね。列の最後のほうの人々は、食べられないって分かっていて、でも、中條さん夫妻に会うためだけに並んでたとか。

  • 中條

    「君たちに会うには東京まで行かなきゃならない。それを考えたらここで3時間ならぶほうが簡単だ」って言ってくれてさ。

  • ダン

    フィラデルフィアの市議会でアンバサダーに任命されたり、テレビの情報番組に生出演したりもしたんだよね。

  • 中條

    そのことも驚いたよ。フィラデルフィアの市議会に招待されて、最初はよくわからずに市庁舎の本会議場に行ったんだ。市議会では、災害克服や貧困支援の予算申請など、かなり深刻な議題が上がってた。そんな中、「日本橋フィリ―をフィラデルフィアの正式なアンバサダー(観光大使)として認めるかどうか」という議案が出されて、それが拍手をもって全会一致で可決されたんだ。

  • ダン

    フィラデルフィアの人々が中條さんをどう見ているのか、すごくよく分かる出来事だよね。こんなに真剣にチーズステーキ作りに取り組んでくれている中條さん夫妻をみんな歓迎したいんだよ。テレビ出演はどうだった?

  • 中條

    朝の情報番組に生出演して、チーズステーキの実演をしたんだよ。ポップアップの様子は新聞やテレビが取材に来てくれたしね。フィラデルフィアのみんながぼくらを歓迎してくれてるんだなということがわかって、ありがたかったね。

  • 「日本橋Philly」のインスタグラムより引用

この店を訪れる人同士がつながり、フィラデルフィアと日本の架け橋のような存在に

  • ダン

    今やフィラデルフィア人の間では、この日本橋フィリーのことは口コミで広く知られているんだ。おもしろいのは、この店で思いがけない再会が何度もあること。20年ぶりに高校の同級生と偶然出会ったり、ここでのスーパーボール上映会(2025年)の様子をSNSにアップしたら、中学・高校時代の先生から「まさか東京にそんな場所があるのか」ってメッセージが来たりしたんだ。

    フィラデルフィア人は、フィラデルフィアのことはフィラデルフィア人だけで認め合えれば良い、そう考える気質がある。同時に「ブラザリー・ラブ(兄弟愛)のまち」とも呼ばれていて、このまちへの愛があれば国や人種に関係なく仲間として認め合うとこもある。だからこそ、こんなに遠い日本で真剣にフィラデルフィアを愛してくれている人がいることに、みんな感動するんだと思う。

  • 中條

    アンバサダーとして、日本の人にフィラデルフィアのことをもっと広めようと改めて思ったよ。ぼくは「一度行けば好きになる街」だと思っていて、日本人にはぜひフィラデルフィアへ旅行にいってほしい。もし旅行に行きたいという人に相談されたら、喜んで「ここに行くといいよ」とか、「この人と会うといいよ」って勧めるつもりだよ。その結果、「中條さんの言うとおりにしてみたらすごく楽しかった!」っていう反応をもらえたら本望だよね。

  • ダン

    日本橋フィリ―を通じて、日本の人にフィラデルフィアについてもっと知ってほしいし、この店が、日本人、フィラデルフィア人、その他いろんな国の人々が交流する場であり続けてくれたらと願うよ。

  • 中條

    ぼくもそうありたいと思ってる。このお店は、フィラデルフィアへの愛から始まってるからね。これからもここ日本橋で、フィラデルフィアを再現し、日本の人たちにフィラデルフィアについて伝えていくよ。それがぼくの生き方でもあるからね。

  • ダンさんが作ってプレゼントした「GO BIRDS!」のサインが店の入り口に。ちなみに「GO BIRDS」とはNFLのチーム、フィラデルフィア・イーグルスを応援するときに叫ぶフレーズ

撮影:川しまゆうこ

Writer

冨永真奈美

ライター

ライター(日本語・英語)。ワイン、クルーズ、旅行などのメディアを通じて、豊かなライフスタイルや価値あるエクスペリエンスを伝えることに情熱を傾けている。全大陸を踏破。世界的なデザイナーの本を多数翻訳するなど、出版翻訳においても豊富な実績を有する。日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート。

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