リクルートがアート事業を続ける意義とは。「アートセンターBUG」を立ち上げた花形照美さんに聞く

2026.09.28

経済の中心地、八重洲・日本橋・京橋エリアの源流をつくったのは、江戸の発展を支えたクリエイティビティ溢れる町民たちだった。現在の町民たちが何を考え、どこへ向かっているのか、さまざまな領域で活躍するキーパーソンへのインタビュー。
“Y”ou “N”ever “K”now till you try

\今回話を聞いたのは/

  • リクルートホールディングス
    財団・アートセンター推進部 部長

    花形照美さん

    新卒で株式会社リクルート(現リクルートホールディングス)に入社後、営業、マーケティング、事業企画、人事など多くの職務を経験。2013年4月より公益財団法人江副記念財団(現・公益財団法人江副記念リクルート財団)
    にて、世界での活躍を目指す若者たちのための奨学金プログラムに携わる。同年より、銀座にあった「クリエイションギャラリーG8」「ガーディアンガーデン」の運営に関わり、2021年からアートセンター設立準備プロジェクトを発足。2023年9月にアートセンターBUGを開館。

     

    ▶︎「学芸員資格を取得するための大学で伝統芸能の授業があり、一度観に行こうと歌舞伎に行ってみたら大ハマりしてしまいました」

「アートセンターBUG」は、いかにして生まれたか

東京駅、八重洲南口の地上に出てすぐ右に目を向けると、巨大なビルがそびえる。グラントウキョウサウスタワーだ。リクルートホールディングス本社が入るこちらのビル、エントランスからエレベータホールのある2階に向かう正面のエスカレーターを上がらず、そのまま左奥に進んでいくとカフェがあるのをご存じだろうか。

ただのおしゃれなカフェかと思いきや、ここはリクルートホールディングスが運営する「アートセンターBUG」。取材に訪れた日は夏休み中だったこともあり、小学生の子どもたちが若いアーティストたちとともに楽しそうにワークショップに取り組んでいた。

 

アートセンターBUGは、「この世界に、バグを」(※)をコンセプトに、年間8回の展覧会、制作活動歴10年以下のアーティストを対象とした年1回のアートコンペティションなどの展覧会事業をはじめ、現代アートのアーティストやアートワーカーが最大限に挑戦できる、さまざまな環境整備に取り組んでいる。開館は2023年9月20日。

 

※バグ=小さな気づきやちょっとした違和感

「3年目を迎え、おかげさまで、これまでまったく関わりのなかったアーティストからも、BUGで何かやってみたい、と言ってもらえるようになってきました」

 

こう語るのは、アートセンターBUGの責任者であり、リクルートホールディングス 財団・アートセンター推進部部長の花形照美さんだ。もともとリクルートは、40年以上にわたって文化芸術領域の支援を続けてきた会社だった。花形さんはいう。

 

「リクルートが企業としての成長を続けているとき、創業者の江副浩正さんが文化資本経営の第一人者である資生堂の福原義春さんからアドバイスをもらったと聞いています。それなりの企業になってきたのであれば、地域貢献や文化芸術支援をやっていくことが大切だ、と」

 

こうして1980年代からギャラリーを展開してきた。日本を代表するクリエイターから先進的なクリエイターまで、さまざまな作品を紹介し、交流の場を創出してきた「クリエイションギャラリーG8(1985年設立)」、そして若手クリエイターの支援をしてきた「ガーディアンガーデン(1990年設立)」だ。

それから30年あまりが経ち、2つのギャラリーの入っていたビルからリクルートは離れる決断をする。運営に関与していた花形さんは、2年にわたって次をどうするか、模索することになった。

 

「リクルートいう会社の浮き沈みのようなものを脇で感じながらも、それまで懸命に続けてきたという歴史があり、その重みはやはり大きいと思いました。これからも文化芸術支援を続けていくことこそ、リクルートにとって大事なことなのではないかと思ったんです」

まずは取り組みを続ける場所を確保しなければならない。アートの文脈で探っていくと、都内に候補地が見つけられないわけではなかった。しかし、リクルートとはなんの関わりもない場所に作る意味があるのか。逡巡する中で、偶然の出会いが起こった。

 

「たまたま働き方改革に関する仕事をしていたことがあって、総務に親しい仲間がいまして、ちょっと愚痴ったんです。ビルは売られちゃうし、ギャラリーの行き場はないし、どうしようかと。本当に立ち話のようなものだったんですが、なんとリクルートホールディングスが入っているビルの1階の一部が空くという話を耳にすることになりました」

 

ビルに入居していた自動車メーカーがオフィスを移転することになり、ショールームのあった1階も空くという。1階の大通りに面したこの場所、リクルートでは使い道はないだろうと、総務は考えていた。

 

「それですぐに話を進めてもらって」

 

それと並行し、新しいスペースで何をすべきかをチームで議論した。自分たちは社会にどんなインパクトを残すべきなのか。新しい表現を見出す、まだ評価されていない若手を紹介する、現代アートの領域を選択する、職業としてアートに関わる人を支援する……。

 

「アーティストにとってのスキルアップにつながるような包括的な活動もしていきたかった。そうなると、呼称も『ギャラリー』より『アートセンター』のほうが適切なのではないか、と考えるようになっていきました」

アートに関わる仕事が、職業として確立する社会を目指す

アートセンターBUGの取り組みは多岐にわたる。それをあえてまとめようとすると、こう帰結するかもしれない。アートに関わる仕事が、職業としてきちんと確立する社会になるよう貢献すること。創業以来、人材ビジネスを主力事業としてきたリクルートが、アート領域に関わる意義も、ここにあると語る。

 

「創業者が始めた文化芸術支援を、これからもリクルートが受け継いでいく意義とは何か。リクルートは人材ビジネスをやってきた会社なので、アーティストやアートワーカーが働き続けられるような仕組み作りにも貢献できないかと考えました」

また、日本では、アートの仕事をしていると言うと、多くのケースで“食べていけるんですか”などという返答が返ってくるという。

 

「海外ではまったく違うんです。アートに関わる職業はもっとリスペクトされているし、どんな作品を作っているのかという関心に向かいます」

 

日本では工芸の領域が発展したこともあって、いわゆるアーティストはまだまだ受け入れられていないのではないか。そんな問題意識も花形さんの中にはあった。

 

「強い好奇心や情熱、問題意識を持って、それをアートで表現したいという動機があるわけです。その動機に対してもっと理解を示し、そうした動機をつぶさないような場所を作っていきたいと思いました」

 

例えば、アートセンターBUGがサポートしているのは、アーティストだけではない。アートに関わる職業をアートワーカーと呼び、彼らもサポートする。

 

「展覧会にしても、アーティストだけで作るものではないのです。アーティストが描いたものをどう飾るか。照明をどうするか。音楽も重要です。海外の方に見ていただくなら翻訳も必要。現代アートでは、空間全体を使ったインスタレーション的な展示が増えています。特に大型の作品ではたくさんのアートワーカーの協業によって作品はできる。そういう方々の働きがいや働き方にもちゃんと意識を向けたかった」

作品の掲示や紹介にあたっては、アーティスト以外の関わった方々のクレジットを必ず入れるようにした。また、アーティストやアートワーカーの報酬や契約、育児・介護への配慮など、作品以外の活動環境の整備にも取り組んでいる。

ともするとやりがい搾取や長時間労働になってしまう傾向があることを理解してもらい、1年半〜2年前からスケジュールを引いて、途中で変更になることも前提で、そのマイルストーンベースで仕事をしてもらう。事前に相談し、報酬額や支払い時期、依頼内容、著作権の扱い等を定義した契約書を作る。

 

「アーティストやアートワーカーとして長く活躍している人は、やはりこうした点でもリテラシーが高い印象がありますが、まだ活動歴が浅いアーティストやアートワーカーの場合、この重要性を認識していない方も多いです。そこで、こういったことが、今後長く活動を続けていくため、また自分自身を守るために重要であることを説明し、理解してもらうようにしています」

既存の慣習にとらわれない発想でアートセンターを運営

花形さんはリクルート入社後、たくさんの職場で仕事をしてきたが、定期異動でCSRの部門も経験した。折しも2011年の東日本大震災の直後だった。

 

「現地にも行きました。社会を揺るがす大きな出来事が起きたとき、企業はどうするべきなのか。そもそも企業は社会とどう向き合うべきか。強烈な問いかけをもらいました」

 

CSRの活動の1つにギャラリーがあり、担当になったが、一方で営業や事業企画を経験していたからこそ持っていた問題意識もあった。

 

「このお金はなんのために使われているのか。どんな背景があるのか。なんの意味があるのか。企業の中でギャラリーを運営するならば、何かの価値を出さないと意味がないと思っていたんです」

 

この思いが、アートセンターBUGのコンセプトにつながっていったのだ。

花形さん自身はこれまで、2つのギャラリーのマネジメントには関わっていたが、新しいギャラリーの立ち上げや現代アートの展覧会運営に直接関わった経験はなかった。だがこれが、既存の慣習にとらわれない発想を生んだのかもしれない。

 

「現代アートについては私もメンバーもリテラシーは低かったです。キュレーターがいないのに、どうやって展覧会を作るのか、といろんな人に聞かれました」

 

ただ、本当に作れないのか、とも思った。リクルートではそれまでも銀座の2つのギャラリーで展覧会開催してきた。

「ゼロからアートセンターをつくるのは何が違うのか、という素朴な疑問を自分にもぶつけながら、本を読んだり、キュレーターの方に直接お会いして話を聞いたりして、キュレーターの仕事の職務分解をしていきました」

 

業務範囲は広かった。プロデューサー的であり、プロジェクトのマネジメントもしなければいけない。当然、美術史の背景に基づいた美術の広範なバックグラウンドがあり、アーティストについてもたくさん知っていないといけない。

 

「ただ、こんな多機能なことを一人で完璧にできる人なんて、やはり少ないのです。得意不得意がある中で、いろんな人に助けてもらったりしてやっている。そこに気がついて、では、どうすれいいかをみんなで考えました。その結果、展覧会をつくるということをサスティナブルな仕組みにしていこうと。問題は現代アートの専門知識が足りない部分をどうやって補うのか……」

  • 取材当日には子ども向けのワークショップが開催されていた。

花形さん自らが2022年から3年かけて通信制の芸術系大学に学び、学芸員資格を取得。一方で、美術評論家や批評家、美術館学芸員を長くやっている方など専門家と関係性を築き、積極的に展覧会評価をお願いした。

 

「ほとんどの展覧会に美術批評を書いてもらっています。私たちは学びながらやっている部分がありますから、技術的な文脈で分析してもらう。これが、専門性の高い方の知見を学ぶ、貴重な機会になっています」

 

一方で、企画の面では「民間企業のアートセンターだからこそ」を意識しているという。時には社会的なテーマを扱う作品にも挑んだり、ある種、効率的ではないことにも取り組む。自由度があるところで、強みを出すことが存在意義になるのだ。

 

「例えば、インスタレーションや映像作品は、芸術祭や展覧会で一度だけ展示をしておしまい、ということも少なくないんですね。こうなると、マネタイズも簡単ではない。そこで、過去に他の芸術祭や展覧会に出展した、さまざまなアーティストの映像作品をまとめて上映するという企画『In-dividual Theater: BUG Screen Week2026』をやってみたんです」

  • 「In-dividual Theater: BUG Screen Week2026」フォトグラファー:西野正将(写真提供:アートセンターBUG)

  • 「In-dividual Theater: BUG Screen Week2026」フォトグラファー:西野正将(写真提供:アートセンターBUG)

アートの世界では異例の企画だったが、これが好評だった。実は芸術祭や展覧会では、すべての作品をじっくり見ることが難しいことも少なくない。しかも途中から見たのではわからないものもある。それがまとめて見られるという企画だ。

さらに上映に際しては、アーティストに利用料というフィーを支払った。アーティストのマネタイズにも貢献できたのだ。

 

「9日間という短い期間でしたが、思ってもみないほどの数の美術館関係者やアーティストが来てくださって。いい作品を並べたね、面白いことをやるんだね、という声をいただけて。なるほど、こういう枠組みでも価値が出せるんだな、と思いました」

 

実は開館当初、想定していたほど来館者数が伸びなかった。東京駅周辺には美術館やアートギャラリーも多いが、アート関連の導線に入らなかったのだ。だが、ここに来て変化が始まっている。東京駅前という利便性から、地方の美術館の学芸員が出張帰りに寄っていくことも増えている。

 

「現時点では、2028年くらいの企画まで、おおむね決まっています。一緒にやっているメンバーたちが育っていますので、この先も心配していません。今後は、アーティストが世界に出る足がかりのような存在になっていけたら、と考えています」

 

八重洲から、新しいアートのムーブメントが始まろうとしている。

 

撮影/田野英知

  • アートセンターBUG

    住所:東京都千代田区丸の内1丁目9-2 グラントウキョウサウスタワー1階

    開館時間:11:00〜19:00

    休館日:火曜(臨時休館日あり)

    入場料:無料

    アートセンターBUG公式サイト

Writer

上阪 徹

ブックライター

1966年、兵庫県生まれ。早稲田大学商学部卒業後、ワールド、リクルートグループなどを経て、1994年にフリーランスとして独立。経営、金融、ベンチャー、就職などをテーマに、雑誌や書籍、ウェブメディアなどで幅広く執筆を手がける。 近著に『「また頼みたい」と言われる人がやっていること』(CEメディアハウス)、『パナソニック コネクト 大企業をいかに変えるか』(日経BP)など。

 

上阪徹ホームページ