日本のアートシーンを牽引するギャラリスト・小山登美夫さんの解説で楽しむ「菅木志雄展『もの』の奥で」

2026.08.27

現代アートに工芸、古美術…、八重洲・日本橋・京橋エリアは知る人ぞ知るアートの宝庫。アートにも造詣の深いマドモアゼル・ユリアと一緒に、今日はどんなアートによりみちする?

昼夜人と車がせわしなく行き交う中央通りに面したTODA BUILDING。一歩入ると、外の喧騒から隔絶された静かな空間が広がっています。今回訪れたのは、このビルの3階にある「小山登美夫ギャラリー京橋」。代表の小山登美夫さんは、日本のアーティストを国内外へ発信してきた日本を代表するギャラリストです。

 

今回はそんな小山さんに現代アートの魅力と楽しみ方を教えてもらおうと、取材に訪れました。開催されていたのは「もの派」を代表する作家のひとり、菅木志雄(すが・きしお)さんの個展「菅木志雄展『もの』の奥で」(2026年6月12日~7月18日)。もの派とは、1960年代後半から1970年代前半に、自然素材や人工素材を用いて作品を作ってきたアーティストグループのことで、その代表的な存在が菅木志雄さんです。小山さん自らに案内していただきながら、菅さんの作品を鑑賞しました。

難解と思ってた現代アートもシンプルに捉えれば難しくなくなる

ユリア:「もの派」の作品はこれまで何度か見たことがあったのですが、解釈が難しいなと思っていました。調べれば調べるほど、それがどのようなアートなのか分からなくなるとも感じています。今日はお話を伺えることをとても楽しみにしてきました。

 

小山:難しいと感じている方は多いと思います。「もの派」はアートのカテゴリーやムーブメントではなく、アーティストグループに付いた呼び名です。「もの派」について私なりに簡単に説明するなら、「身近にある“もの”にわずかに手を加えて作品を作る」ということです。材料となるのは、木、石、金属、アルミ、ロープといった、誰でもすぐに手に入るものばかり。それらに大きく手を加えるのではなく、わずかに操作したり配置したりすることによって、ありふれた材料がアート作品へと変わっていく。そう考えると分かりやすいかもしれません。

 

ユリア:そうお聞きして、「もの派」の輪郭が浮かび上がってきました。

 

小山:たとえば、材木やトタン板があるとします。それらを見て、アーティストが「ここにどう手を加えたら空間ができたり、おもしろいことが起ったりするかな」と、素材そのものを見て考える。そして、その素材自体がもともと持っている特性を際立たせたとき、それが作品になる。逆に、もののほうからアーティストに働きかけてきて、そこから新たなおもしろさが立ち現れることもある。そうやって生まれるのが、もの派のアート作品なのだと思います。

 

ユリア:なるほど、ものが本来持っている特性やおもしろさをどうひきだすか、そのために手を加えることで作品となるということですね。

小山:そうです。もの派は決して難解ではなく、むしろとてもシンプルなアートです。たとえるなら、子どもの積み木遊びに似ているかもしれません。パーツをぴったりと積み重ねるのではなく、少しずらしたり、あえてはみ出させたりすると、それだけで空間にリズムと変化が生まれますよね。そのような作品づくりだと捉えるとわかりやすいと思います。

 

ユリア:今回展示されている作品は、木片を組み合わせた半立体で、絵画のように見ていましたが、どちらかというと彫刻に近いですね。

 

小山:そうですね。三次元的な変化、空間そのものに働きかける表現として楽しめるものなんですよ。今回の展示の中にも、一見すると絵画のように平面に見える作品があります。しかしたとえばこの「意空(いくう) Intentional Voids」を見ると、鮮やかな山吹色のカンバスから木材の出っ張りが突き出していて、まるでレリーフのような立体感を持っています。

ユリア:今回の展示作品で使われている主な材料は木材ですよね?

 

小山:インドネシアなど様々な国の木材が使われています。アトリエに行くと山のように木片が積んでありました。それらを、積んだり繋げたりして作品を制作しています。「間空(かんくう) Between Voids」という作品では、島のような形を3つ作り、それらを板でつないでいるんです。

 

ユリア:ある島は青色が多く、ある島には黒色が多いですね。一見、数多くの要素が含まれた作品のように見えますが、実のところ必要最低限の要素のみを残した作品だとも感じられます。作品のタイトルも独特ですね。

小山:菅さんが作品につけるタイトルはいつも造語なんです。どれもこれまでにありそうでなかった言葉なのですが、こちらに考えたり解釈したりする余白を残している言葉だと感じます。この「間空」という作品についていえば、「空(そら、くう)」とその「間(かん、あいだ)」が連想されますよね。最近ではタイトルの英語化も行うようになりましたが、この「間空」にはBetween Voids(「空(くう)と空(くう)の間」)という英語タイトルを付けています。英語にすると、日本語では見えてこなかった作品の一面が見えてきます。

 

ユリア:会場を回遊しながら数多くの作品を見て気づくのは、規則的なようでいて規則的ではないこと。また、全体的に軽やかさを感じさせる作品が多く、鮮やかな色使いも特徴的です。

 

小山:そうですね。最近の菅さんは圧迫感を感じさせない作品が多く、軽やかな空間になるんですよ。とはいえ、もの派は「もの」を使う表現なので、ものが持つ重さ、つまり重力とは切っても切れない関係にあります。床に直接ものを置くインスタレーション作品では重力が必ず関係してきますが、今回は壁面作品のみを展示しています。

 

ユリア:だから重力を感じさせず、なおさら圧迫感が無いのですね。

パフォーマンスとは違う、もの派ならではの表現方法「アクティベイション」

小山:菅さんは「アクティベイション」と呼ばれる表現を行うことがあります。観客の前で1時間ぐらいかけて素材を配置し、崩し、また組み立て直すという行為を行う。見ている側が「もうすぐ何かが完成しそう」と思った瞬間にあっさりと壊してしまう。その行為をずっと繰り返していくんです。ただ、これはダンスショーのような「パフォーマンス」ではなく、純粋に「作業」なんですよ。

※動画は、小山登美夫ギャラリーYouTubeチャンネルより転載。

 

 

ユリア:なんだか小さな子どもの遊びにも通じる感じがしますね。

 

小山:それに近いかもしれません。その瞬間の“思いつき”で行い、どこが始まりでどこが終わりかも、おそらく決まっていません。何かを作っては壊すことで、見ている側が分かったつもりになる感覚を、いい意味で裏切り続けるんですね。菅さんの作品づくりに対する考え方に通ずるところがあると思います。

ユリア:そのアクティベイションと、この展示作品との関連性はありますか?

 

小山:もので時間と空間を占有することがどんなことなのか、また、材料に少し手を加えることで「もの」、「場」、「人」の関係性を立ち上げることがどんなことなのかを、アクティベイションという行為や作品で見せてくれているのだと思います。菅さんは「もの」には、それぞれ固有の存在性があると考え、もの同士が置かれることで生まれる「状況」を大事にしています。

 

ユリア:つまり、作品には特別な意図や意味付けがあるわけではなくて、「もの」そのものを通して、私たちの感覚に直接訴えかけているということでしょうか。

 

小山:そうですね。最初から作品の意図を提示するのでなく、見る人それぞれが何かを感じ取ったり、解釈したりしてくれればそれでいいということだと思います。そもそも、もの派の作品にはストーリー性や象徴性がありません。これが、もの派の後に続いたポストもの派との大きな違いでもあります。ポストもの派は、作品にストーリー性や精神性を持ち込みましたから。

 

ユリア:頭で理解しようとするのでなく、もっと直感的に感じたままに楽しめばいいのですね。

80代を迎えてなお、毎日決まった日課で作品づくりを続けている

小山:菅さんは伊東で暮らしていて、今年82歳を迎えてなお、アトリエで毎日創作活動を続けているんですよ。毎日温泉に入るのが日課で、午後になるとアトリエに向かい、毎日数時間、作品制作を行っていると聞いています。夜は自宅で映画を見たり、本を読んだりして過ごしているとのことで、特に松本清張が好きなのだそうです。

 

ユリア:そうした生活ぶりをお聞きすると、なんだか親しみを感じますね。

 

小山:映画や小説が好きなことと関係しているのかもしれませんが、過去にはご自身でミステリー小説を執筆して出版したり、映画制作に関わったりしたこともあり、表現の幅が広いんです。

昨今は、もの派の海外での再評価も進んでいて、パリやニューヨークのギャラリーでも作品が発表されていますし、近くイタリアの出版社から作品集が刊行される予定もあります。伊東で静かに創作活動をしながらも、あらためて広く世界とのつながりが生まれようとしているタイミングなんです。

 

ユリア:今日はもの派についてとても楽しく学べ、そして作品をとても純粋に楽しめました。ありがとうございました。

YULIAから今日のひと言

今日一番心に残ったのは、菅さんがとてもピュアに作品づくりを続けていらっしゃることです。色使いも作風も、どこかピュアな可愛らしさがあり、忘れてしまいそうな感覚を、80代になっても保ち続けていらっしゃるのがすごいなと思いました。

もの派が生まれた1960年代後半から1970年代前半は、きっと誰もが難しい言葉を駆使して、アート作品の意味や背景を言語化しようとしていた時代だったはずです。そんな時代の空気とは一線を画すように、純粋にものづくりを楽しむという姿勢は、ある意味“パンク”な方なのかな?と感じました。ピュアな気持ちで作られていることがとても伝わってくるからこそ、見ているこちらまで楽しくなる。もの派の作品への理解が少しだけ深まった気がします。

撮影/川しまゆうこ

ライター/冨永真奈美

 

衣装協力:パトゥ

ブラウス ¥247,500(税込)

スカート ¥198,000(税込)

(問い合わせ先 イザ 0120-135-015)

  • マドモアゼル・ユリア

    マドモアゼル・ユリア

    10代からDJ兼シンガーとして活動を開始。DJのほか、きもののスタイリングや着物教室の主催、コラム執筆など、東京を拠点に世界各地で幅広く活動中。YouTubeチャンネル「ゆりあの部屋」は毎週配信。

     

    「ゆりあの部屋」:@melleyulia
    Instagram:@mademoiselle_yulia
    ホームページ

マドモアゼル・ユリア
DJ/きものスタイリスト

10代からDJ兼シンガーとして活動を開始。DJのほか、きもののスタイリングや着物教室の主催、コラム執筆など、東京を拠点に世界各地で幅広く活動中。YouTubeチャンネル「ゆりあの部屋」は毎週配信。

「ゆりあの部屋」:@melleyulia

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