八重洲・日本橋・京橋エリアには、衣食住や趣味・仕事まで本物を知るおとながたくさん。イラストレーターの佐々木千絵が、このまちの”粋”を体験するイラストエッセイ。第8回は、日本橋の老舗そば店『藪伊豆総本店』の三階で開かれている、柳家三語楼さんの落語会へ。江戸の香り漂う座敷で蕎麦を手繰る芸を見、その後リアルに蕎麦をいただく。といった食と芸が立体的に交わる現場からレポートします。
大都会・東京駅から徒歩10分ちょい。
オフィスビルの間で存在感を示す『藪伊豆総本店』、ビジネスマンで賑わう平日とは全く違う雰囲気の日本橋の土曜の昼下がりに、編集Sさんと待ち合わせ…。



比喩ではなく三語楼師匠が口を開いた瞬間空気が変わった!
みんなが同じ船に乗り、一緒に揺れている感覚。
明治時代から100 年以上暖簾を守り続けてる藪伊豆総本店で寄席が始まったのは昭和の時代。噺家で人間国宝だった五代目柳家小さん一門が落語会をやっていたのがはじまりで、そこから柳家一門とのご縁が続いてるそう。
まるでチケットを買って観客として落語を観にきてるように楽しむ大将は、まだ真打になる前の三語楼師匠の落語に魅せられ高座に通い、「うちでやりませんか?」と師匠を口説いたとのこと。
それから「三語楼とそばの会」はなんと16年目!
どうりで一体感を感じるわけだ。


完全に世界に没入、究極にシンプルなイマーシブ体験! これは誇張ではなく本当に猫も見えたし物語の主人公、桶屋の子、四郎吉がそこにいた! 隣で見ていた編集S さんも「完全に景色が見えた」と大興奮。
もうこれだけで4,500円の価値は十分。しかしこれから更に蕎麦セットがついてくるというからため息が出るほどの太っ腹。江戸から令和に戻った同じ船の仲間たちもすっきりとてもいい表情で階下の客席へ移動していった。


落語の後の美味しいお蕎麦とお酒タイム、これも藪伊豆寄席の醍醐味!
常連さんの顔ぶれもお医者さん、元編集者、英語の先生、アパレル関係の方…とさまざま。ここは普段なら接点のない人たちと、落語をきっかけに気軽に言葉を交わせる大人の社交場。隣に座っていた女性は「ここに来ると楽しくて勉強になるの」と教えてくれた。
初めてでも、女将さんがさりげなく席順に気を配ってくれて、まわりの常連さんたちも自然に話しかけてくれる。大将もみんなが楽しんでいるか、お座敷が暑くないか寒くないか、と常にお客さんの様子を伺って動いていた。
何より噺家さんとこんなに近くでおしゃべりができるなんて、ほかの寄席では味わえない、藪伊豆ならではの贅沢!
帰りぎわ、常連さんたちは次の会の予約をし(いいシステム)、私たちに「また来てくださいね!」と笑顔で見送ってくれた。
「必ずやまた来ます!」
私と編集のS さんは、もうすっかり気分が満たされ、感想の続きを語り合いたくて夜営業の喫茶店へ。コーヒーゼリーを食べながら、しばらく喋り倒す。

「落語を楽しむなら、気になった噺家さんをあちこち聴きに行って、自分の“推し”を見つけるのがいちばんだよ」と、さきほどの常連の男性が言っていたが、気づけば次に行ける落語会の予定を合わせている私たちでした。
薮伊豆総本店
住所:東京都中央区日本橋3-15-7
電話番号:03-3242-1240
営業時間:
月曜日~金曜日 11:15~14:00/17:15~20:15
土曜日・祝日 11:30~14:00/17:15~19:30
定休日:日曜日
※休業日・営業時間は変更の可能性あり。詳細はホームページまたは電話でご確認を。

独特のゆるいタッチと鋭い視点で描くイラストエッセイが人気。雑誌や広告、ウェブメディアなどで幅広く活躍中。大の旅好きで台湾のオールイラストガイドブック『LOVE台南~台湾の京都で食べ遊び~』(祥伝社)を2017年に出版。『子連れソウル』『ジジ連れ冥土のみやげ旅inパリ』(ともに祥伝社)などの著書がある。
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