累計210万超のダウンロード数を誇る登山地図GPSアプリ『YAMAP』をサービスの核に、アウトドアレジャー愛好家たちのためのコミュニティづくりや、登山を通じた地方再生プロジェクトの推進など、幅広い活動を展開している株式会社ヤマップ(東京支社:中央区京橋)。事業を通じ彼らが目指すのは「人と山をつなぐ」こと、そして「山の遊びを未来につなぐ」ことだ。奇しくもコロナ禍によりアウトドアレジャーが再び脚光を浴びる一方で、ヤマップが起業当初から“愚直”に追求を続けている価値について、代表の春山慶彦さんに話を伺った。
「ヤマップの根幹となる登山地図GPSアプリ『YAMAP』の提供を志す直接的なきっかけとなったのは、東日本大震災です。あの地震によって原発事故をはじめ、さまざまな人災が起こりましたよね。その原因を自分なりに考えたときに達した結論が、自分たちが暮らす土地や環境、すなわち風土に対する感度が低くなっているのでは? ということでした」。
と語るのは、株式会社ヤマップ代表・春山慶彦さんだ。現代人が失いつつある、風土に対する感度を取り戻したい。その手段として、春山さんが選んだのが登山やトレイルランニングといった、山とのふれあいだったという。
ヤマップ代表・春山慶彦さん。意志の強さを感じさせる表情が魅力的だ
そもそも自分が登山好きということもありましたが、登山やトレイルランニングといったアウトドアレジャーなら、楽しみながら自然と親しむことができますし、都会の人々が地方へ向かうきっかけとして好適では、と考えたんです。とはいえ、登山のようなアウトドアレジャーは、気軽におすすめできるものではありません。そこで、まずは安心安全にアウトドアレジャーを楽しむために役立つツールとして『YAMAP』の開発に着手しました」。
簡単に説明すると『YAMAP』とは、スマートフォンのGPS機能を利用し、携帯電話の電波が届かない場所でも、正しい位置情報を参照することができる地図アプリだ。
登山地図だけでなく、ユーザーから寄せられた登山に役立つ様々な情報が得られる『YAMAP』アプリ
登山記録を共有する「活動日記」のほか、登山好き同士のコミュニケーションの輪をひろげる「モーメント」機能も魅力のひとつだ
Googleマップのような通常の地図アプリと大きく異なるのは、参照できる情報の質にある。山岳地帯では基本的な情報しかサポートしていないGoogleマップに対し、『YAMAP』の登山地図にはトイレや山小屋といった周辺施設の情報から絶景ポイントや危険箇所まで、登山の安全を高めるための様々な情報が集められている。標高を含めた、登山中の軌跡を詳細に記録できる点もサービスの特徴だ。また、現在地を、家族や知人と共有することもできるので、万が一遭難した場合の捜索にも役立つ。
こうした安全安心に配慮した利便性がユーザーに評価され、2013年3月のサービス提供開始からユーザー数は順調に増加。2020年11月には210万ダウンロードを突破し、いまや『YAMAP』は、登山やトレイルランニングといったアウトドアレジャーには欠かせない定番アプリとなった。
世代によって異なる「登山」に対するイメージを、現代にマッチするようにアップデートしていきたいという春山さん
当初と比べて確かにユーザー数は増えましたが、それは、社員全体で対応するユーザーサポートなど、自分たちが愚直に積み重ねてきた事柄の結果でしかありません。また、ヤマップの目的はあくまでも『山と人とをつなぐ』ことにより、僕らが現在抱えている社会的課題を解決へと導くこと。ですからアプリのユーザー数を増やすこと自体には、それほど興味を持っていないんです」。
と春山さんが語るように、『YAMAP』アプリの普及自体は、ヤマップが目指すことの一部に過ぎない。そのことは、現在ヤマップが展開している様々な取り組みからも明らかだ。
「先ほども言ったように『山と人とをつなぐ』ことが、ヤマップの第一の目標となります。安心安全に山と親しむために役立つ『YAMAP』アプリは、そのための核となるツールに過ぎません。現在はアプリを軸に、登山やアウトドアレジャーを趣味とする人々のコミュニティの場を提供したり、人と風土との関係について考えるためのイベントを企画したりするなど、『山と人とをつなぐ』、そして『山の遊びを未来につなぐ』という目標へ向けた取り組みを実現させているところです」。
ヤマップが提供したい価値について、図を描きながら説明していただいた
その一例が、現在進行している田辺市(和歌山県)とのコラボ企画「熊野REBORN PROJECT」である。
日本を代表する「巡礼の道」として知られる、熊野三山(熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社)へと通じる熊野古道。しかし、熊野古道を支えてきた里山の営みは、人口減少や一次産業の衰退によって危機を迎えている。そんな熊野の里山文化を、都会に拠点を置く登山愛好家たちの視点を通し再評価し、地元で里山文化を守る人々とともに新たな「里山観光モデル」を生み出すのが、「熊野REBORN PROJECT」の目的だ。
「熊野REBORN PROJECT」の公式サイト。プロジェクトの概要やイベントレポートなどが参照できる
「今回のプロジェクトは、書類選考や面談を通じて選ばれた多様な職種からなる15人のメンバーとともに、熊野の地と継続的なかかわりを持つ『関係人口』を増やすためのアイデアを出し合い、実現に向けたプランを立てることまでを目標としています。実際に熊野古道を歩くフィールドワークや、様々な取り組みを実践している地元の方を交えたトークセッションなど、全5回のイベントを予定しています」。
コロナ禍の影響により、第3回目のワークショップはオンラインでの開催に。熊野で活動する起業家たちとプロジェクトメンバーによる、ホットなトークセッションが展開された
このプロジェクトを推進する背景にあるのは、自然観光の振興により地方経済を活性化させることで里山を守るという、直接的な目的だけではない。地方が抱える課題が、実は都市にも当てはまるものであることを、多くの人に気づいてほしいという想いが根底にあると、春山さんは語る。都市部に暮らす人々を中心にプロジェクトのメンバーを選出したのも、それが理由のひとつだという。
「『尺』、『寸』といった古来の単位が、手足や身体を基準にしていることからもわかるように、日本人は本来、身体感覚に優れた文化を培ってきました。しかし、文明や経済の発展と反比例するように、身体感覚は衰退しています。特に車をはじめ交通機関の進化は、現代人から『歩く』機会を大きく奪ってしまいました。都会、地方にかかわらず、その土地を理解するためには、歩くことで風土を直接感じることが何より大切なのに。『歩く』という行為から風土を見つめなおし、街づくりを考える。その起点として熊野古道を選んだのは、ここがもっとも上質な“歩く旅”を体験できる場所という理由からでした。プロジェクトの推進を通じ、『歩く』ことの楽しさや大切さを、多くの人に知ってほしいんです」。
「多様な人々が各地から集まる東京が、働くのには圧倒的に有利だということは理解していましたが、地方の活性化が日本の豊かさを支える基盤であるという考えから、生まれ育った福岡を起業の地に選びました」。
という春山さん。しかし、東京の拠点として日本橋・京橋エリアを選んだ理由のひとつには、やはり『歩く』ことに対する想いが関係しているとも語ってくれた。
「ベンチャーが集う他のエリアに比べ日本橋や京橋は落ち着いた雰囲気があるので、良い意味で“惑わされない”のも、このエリアの魅力ですね」と春山さん
「関東近郊から集まるスタッフが通いやすい場所、という観点から東京駅に近くアクセスのよい日本橋・京橋エリアを選んだのが、いちばんの理由ではあります。とはいえ、日本橋といえば日本の地図の“出発点”でもあるんですよね。ですから、いわば日本の『歩く』文化と大きくかかわる地に拠点を置いて働くことについては、深い意義を感じたりもしています。現在では交通機関の発展を象徴するようなエリアとなっている日本橋や京橋ですが、自分の足で歩くことで、車窓からとはまったく異なる景色が見えてきます。今後の都市開発においては、人と街とのつながりを重視する、歩いて楽しめる環境づくりをより大切にする必要があるのではないでしょうか」。
「人と山をつなぐ」こと、そして「山の遊びを未来につなぐ」ために、これからも“山のインフラ”となるような取り組みを進めていきたいという春山さん。ヤマップが抱く想いは、『歩く』文化の起点でもある日本橋・京橋エリアから全国へと広がっていく。
関連サイト
YAMAP: https://yamap.com/
熊野REBORN PROJECT: https://sp.yamap.com/kumano/
執筆:石井敏郎、撮影:森カズシゲ