日本の玄関口・東京駅を有する八重洲・日本橋・京橋エリアは、多くの人を受け入れるまちであるとともに、地縁的な結びつきも強いまち。注目の若手エッセイスト・絶対に終電を逃さない女が、このまちや人々を観察していく連載。
「若く見える」というのは、肌にハリと艶があって皺が少ないとか、髪が多いとか、姿勢が良いとか、そういう単に「老けていない」というだけではない気がする。何かもっと、表情の明るさとか、滲み出るエネルギーというか生命力のようなものが、人を若く見せるのではないか。
そう思ったのは、「スマイル100クラブ」の参加者の皆さんとお話してのことだった。
スマイル100クラブとは、主に50代以上を対象とした大人世代のためのコミュニティサロン。定期的に開催されるイベントでは、様々なゲストを招いての勉強会や参加者同士の交流会が行われているとのこと。
YNK(八重洲・日本橋・京橋)エリアを取材しているこの連載だが、今回は少し足を伸ばして八丁堀のイベント会場へ。
見渡してまず印象的だったのが、華やかな服装の方が多いことである。たとえば、鮮やかなオレンジのセーターに黄緑色のロングスカートを合わせていたり、赤いセットアップだったり、大胆なダメージジーンズだったり。髪色の明るい方や、大きくて派手なネックレスをしている方も多い。会場はどこにでもあるオフィスビルの一室なのだが、まるでパーティー会場のように華やいでいる。

参加者全員20名程度が集まったところで、イベントがスタート。
九星学と福顔のセミナーがメインのこの日は、まずは株式会社マムプロジェクトCEOのふちいく子さんから、九星学に基づいた2026年の世の中の流れと自分の立ち位置を学ぶ。
私は正直、占いの類に興味がない。当たるわけないじゃん、と思っている。でも終盤のふちさんの「人は上手くいかない時に占いに頼る。私はたとえば、苦手な人と会う時の服を占いで決める。実際には変わらないかもしれないけど、気持ち的には大丈夫だって思える」という言葉を聞いて、なるほど、そういうものなのか、と思った。必ずしも占いが当たると信じているわけではなく、気持ちを強く持ったり落ち着かせたりするための補助。そういう道具として、占いを上手く使うのも大人の嗜みなのではないかと思えてくる。
次は「魅せ顔プロデューサー」なる肩書きの中田香織さんによる、表情筋の使い方講座。
「眉間に皺を寄せながら楽しいことを考えてみてください」「逆に、笑いながら悲しいことを考えてみてください」
中田さんのそんな呼びかけに従ってやってみると、全然できなかった。どんなに考えようとしても、脳が制御されたかのように思考が止まってしまう。
悲しい時、無理にでも笑顔を作れば脳が騙されて楽になるという話は昔から知りつつも、実践したことはなかった。実際にどん底にいる状況ではわざわざそんなことをやる気になれなかったし、悲しみに浸っていたい気持ちもあった。たかが作り笑いごときで忘れられる程度の悲しみだと思いたくなかったこともある。
しかし、悲しみに向き合うことも確かに大切な一方で、忘れることも必要である。いちいち悲しみ尽くしている余裕がない時もあるし、ただ単に過剰に悲しんでいるだけの時もある。仕事や生活を回していくために、悲しみを一旦凍結させる技術としての作り笑い。これも上手く使えば、人生をより豊かにしてくれるのかもしれない。
ちなみに魅せ顔プロデューサーの中田さんは、その道のプロフェッショナルだけあって、自然かつ美しい笑顔をしている。もともと美しいのだからそりゃ笑顔だって美しいだろうと最初思いながら話を聞いていたところ、この仕事に出会う以前には、自分を受け入れられない、コンプレックスの塊だった時期があったそうで、その頃の写真は全くの別人のようだった。

その後の交流会は、一人一人の自己紹介から始まる。参加者のほとんどは女性で、50代から70代なのだが、一人一人の年齢を聞いて、私はその見た目の若さに驚いた。これが誇張でなく、全員なのだ。全員、若く見えるのだ。
先述の通り、服装が若いから若く見えるというのもあるかもしれないが、どうもそれだけではない。顔に「加齢」の要素が少なくて若く見えるというだけでもない気がする。失礼ながら加齢の要素は、皆さんそれぞれにある。しかし、いわゆる“若作り”をしている感じはしない。
この若々しさは、一体どこから来るのだろう?
そう思ってしばらく観察してみると、わかった気がした。みんな、生き生きとしているのだ。表情が明るく、全身から生命力が溢れているように感じられる。
じゃあ、なぜこんなに生き生きとしているのだろうか。ただ歳の割に体力があって元気な人なのか? 趣味ややりたいことがあるからなのか? もともとポジティブな性格の人なのか?
自己紹介を聞いたうえで、何人かに話を伺ってみた。
「専業主婦としてずっと真面目に生きてきたけど、子どもも手を離れて、親の介護もひと段落してから、知らない世界を知りたいと思って、ピアスを開けたんです。私にもまだ可能性があると思えました」
「子ども2人が大学生になったので、好きなことをやろうと思って1ヶ月半フランスに行きました。今はYouTuberをやってます」
「子宮筋腫を患って子宮を全摘出してから第2の人生が始まったんです。その頃は太ってしまったんですけど、50kmウォークに挑戦したいとふと思い立って、30kgダイエットして参加しました」
こうしたそれぞれの新たな挑戦の背景として語られがちなのは、家族のことだった。子どもが成人した、親の介護が終わった、離婚した……。特に多いのが、育児や介護を終えたことをきっかけに、何か新しいことに挑戦してみたいと思った、という声。
その中でも特に印象に残ったのが、ふちさんが代表を務める一般社団法人地域女性活躍推進協議会ヒロインズのメンバーの方のお話。
「20年間、元夫の家業の手伝いをしていました。我ながら完璧な主婦で、夫と姑の言うことを黙って聞いて淡々と働くことが自分には向いていると思っていました。それが清掃のアルバイトで初めて社会に出た40歳の時、『ありがとう』って声をかけられてびっくりしたんです。それまで、どれだけ家事や仕事をしてもありがとうなんて言われたことがなかった。ああ、私は感謝されたかったんだと気づいて、涙が出ました。それで私は1回死んだんだと思って離婚しました」
私は思わず泣きそうになってしまった。そして思った。
私がここで感じている生命力とは、自分の人生を生きようという意志の強さなのではないか。そしてその強さは、家族のために生きてきた期間が長かったからこそ、生まれるものなのではないか。
子育てや介護や家業の手伝いが必ずしも悪い時間ではなかったのだろうが、自分のための時間が少なすぎた。そんな人が解放された時のエネルギーというのは、計り知れないものがあるのだろう。
会社や家族のために自分の素直な欲望を抑えることは、しばしば「大人になる」と表現されるが、翻って「若さ」とは、自分の人生を生きようとすることなのかもしれない。自分の人生を生きようとするエネルギーこそが、この人たちを若々しく見せているのではないだろうか。

現在30歳の私は、20代でその先の人生が定まってしまうと思い込んで焦っていたけど、50代、60代、それ以上の年齢になっても新しい可能性は残されていて、それをつかみ取れるかどうかは自分次第なのだ。人生の舵を自らの手に取り戻すことは、きっと何歳からでもできる。取材を通して、そんな希望を感じることができた。
参加者の皆さんは、それぞれの舵を取り戻すために、舵を手放さないために、この交流を通して互いに鼓舞しあっているのだろう。
撮影/wakana

1995年生まれ。早稲田大学文学部卒業。大学時代よりライターとして活動し、現在はエッセイを中心にWebメディア、雑誌、映画パンフレットなどに寄稿。雑誌『GINZA』(マガジンハウス)のウェブマガジンに掲載した連載エッセイ「シティガール未満」が話題となり、2023年に書籍化。(アイコン写真 撮影:小財美香子)
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